「医の希望」を読んで (人知を超えて医療を支援するAI(ワトソン))

「医の希望」(斎藤英彦編;岩波新書)を読んでみた。これは昨年の第30回日本医学会総会の時にプログラム等と一緒に配布されていた本である。このため、目にされた先生方も多いのではないかと思う。

無料配布本であったので、恐らく斎藤先生の自叙伝か何かかと思っていた。

 

大変失礼ながら、僕自身、酷い雑読派なので、ブックオフの買取用の段ボールに入れる前に、ちょっとだけ読んでみようかと思い手に取ってみた。そうすると、斎藤先生以外の有識者・研究者の方々の自叙伝的な内容であったので驚いた。著者の中には、ノーベル医学生理学賞を受賞された山中伸弥先生や、介護支援用・自立支援用ロボットなどのサイバニクス技術で有名なサイバーダイン社CEOの山海嘉之・筑波大学教授といった、錚々たるメンバーが執筆されていた。いずれも日本をリードされている先生方であったので、予想に反して一気に読み終えてしまった。

 

その中で、特に気になったのが、宮野悟・東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長の章である。タイトルは「人知を超えて医療を支援するAI」。この宮野先生は日本IBM株式会社のワトソンを活用し、白血病患者さん達の診断・治療にAIをしっかりと役立てておられることで知られている。

最近では、患者さんに同意を得て、その患者さんの全ゲノムシークエンスを行い、そのデータをワトソンで解析させているそうだ。AIを活用すると、東大の先生方でも診断までに2週間を要するような難しい血液腫瘍内科系の疾患であっても、ワトソンではわずか10分程で調べてしまうとのこと。今までであれば、病理組織検査でもなかなか分からなかったような、非常に稀ながん腫瘍も診断がすぐにできるようになり、しかもその文献情報や使用できる薬剤についても、ワトソンが膨大な医学論文を検索してくれて、専門医たちにこれらの医学情報を提供してくれるようになってきている。

とにかく、病院で働く臨床医にとって、難治性疾患などの患者を目の前にした時に、ただでさえ病状管理だけでも通常以上に時間が費やされてしまう中で、その患者さんの診断・治療についての文献検索等をおこなう業務は、本当に労力的にも精神的にもかなりの負担を要する。そのサポート役として、こういったワトソンのようなAIが当たり前のように活用できるようになれば、臨床医にとって非常に心強い相棒となるであろう。

 

私もIBMに勤めていた時に、ワトソンは2000万件の英文医学論文を学習し、病気診断・治療に役立てていると言う話しを聞いていた。実際に宮野先生も箱崎の本社にお越しになり、医科研での取り組みなどを話されたこともあった。しかし、改めて医師向けに書かれた著書を拝読し、より具体的にどのようなことを考えて、ここまで医療とAIの融合をされてきたのかと言ったことについて、私自身の理解が深まったと思う。

そして、「ビヨンドワトソン」という項では、「未来の医療は、フィジカルな空間とサイバー空間が融合したものとなっていくでしょう。そこでは、AIがクラウドとともにインフラとなり、人々はその存在を日常的に意識することはなくなります。そのためにはセキュリティの高レベルでの担保やプライバシーの保護などの技術や仕組みが開発されることが必要です」と書かれている。

 

現在の携帯電話のように、医療にはAIが当たり前のように導入され、そのことが多くの患者さんや医療関係者へ大きな恩恵を与えてくれることを是非とも期待したいと願う。実際には、そういう時代が我々が思った以上に早く訪れるのかもしれない。