12月 2018

いよいよ今回が2018年最後のブログとなった。

以前から、ずっと自分の中でコラム的なことを書いてみたいなと思っていたので、このホームページ開設に伴い、ブログを書き始めることができたのは、本当に良かったなと感じている。

 

 

 

今年1年を振り返ってみて、前職の専属産業医をしている頃は、本当に1週間が非常に長く感じ、ましてや1ヶ月経つのが本当に長くて苦しかった。しかし、独立して、まだまだ思うようには働けないながらも、自分のやりたいことを仕事にできていることで、今は時が経つのがあっという間であると感じている。同じ2018年の中でも、本当に噓のように時の流れの感じ方が異なっていることは、自分でも驚きである。

 

5月からBasical Health産業医事務所を開業したわけだが、当初は自分の時間が多少取れるようになり、それはそれでよいかなと思っていた。しかし、気付いてみるとこの年末は有り難いことに、自分が自分に振り回されているような忙しさになってしまった。

ただ、それが自分のやりたいことを満足にできているという充実感とは程遠いものでもあった。

 

僕自身は、「働く人達がずっと健康でいられるために」自分なりにできることをどんどんやっていきたいと思っているのだが、その理想とはまだまだかけ離れた状態であると感じている。

そういった意味では、特にこの年末は、自分の力不足を痛感させられた思いであった。

 

自分のやりたいことを、実現できるようにしていける様に、反省すべき点はしっかり反省し、また、怯まずにどんどんいろんな方々からフィードバックをもらい、「働く人達がずっと健康でいられるために」少しでもお役に立てる様に、年明けからもしっかり頑張っていきたいと思う。

 

 

本当に、今年もたくさんの方にお世話になりました。心より御礼申し上げます。

来年も、何卒宜しくお願い致します。

 

今年もいよいよ残り僅かとなってきた。今年、自分自身の中で印象的だったことを振り返ってみると、「漢方薬を処方するようになった」ことは、確かに今年大きく自分の中で変化した出来事と言える。

 

今春からあそうクリニックに毎週お世話になり始めたのだが、院長の麻生先生は、風邪の患者さん等に結構漢方薬を処方されている。

この院長先生に少しずつ教えてもらいながら、僕自身も漢方薬を処方し始めた。正直なところ、そもそも僕自身、漢方薬を服用したことはほとんど経験がない。このため、診療の中でも今までは、糖尿病神経障害でこむら返りを訴える患者さんに芍薬甘草湯を処方するくらいであった。

 

それが、今春からは風邪の患者さんに何種類かの漢方薬を処方するようになった。

特に印象的だったのは小青竜湯で、鼻水の症状を訴える患者さんに処方をすると、眠気の副作用がなく、どうしても仕事が休めない社会人の患者さんには非常に喜ばれた。

 

そして僕自身、過敏性腸症候群があり、若い頃から下痢と便秘にずっと悩まされてきた。そこで思い切って、桂枝加芍薬大黄湯を漢方として初めて服用してみた。

すると、下痢もしにくくなり、便通も改善した。ただ、初めて飲んだ時は、1日に3回もちゃんとした排便があり、逆にトイレに行くのが忙しくて、ちょっと笑えてしまった。

 

最近、僕の周りでも、漢方薬を処方する医師が増えてきている。なかなかそのニュアンスが分からないところがあったが、今後少しずつさらに勉強して、より多くの患者さん方に約立てるように、上手に漢方薬も使いこなしていけたらと思う。

今月、デジタルヘルス学会学術大会が開催されていた。

今後、糖尿病重症化予防対策として、遠隔診療も必要になるかなと思い参加してみた。ただ、どんな内容のシンポジウムがあるのか、どんな演者の先生方がおられるのかちょっと想像がつかなかった。

 

午前中、北原国際病院の北原茂実理事長のご講演であったのだが、度肝を抜かれてしまった。新聞などでアジアに進出した病院として紹介されている記事を少しだけ見たことはあったが、実際お話しを聴いてみると、かなり日本の中での一般的な保険診療からは「異端児」的な発想で医療事業を拡大されていることが分かった。

初めてお話しを聴いたので、ちょっとすぐに受け入れ難い程に規模の大きい事業内容だったが、確かにこれくらい発想の転換をしていく必要があるのかもと、大変考えさせられた。

 

午後には、「行動変容」というテーマもあったので行ってみた。

ドコモヘルスケアの女性社員が講演されていたが、元々ゲームソフト開発部門にいたとのこと。健康に興味があったわけではないらしく、このため「健康になりましょう!!」というアプローチではなく、「楽しくてオトク!!」なコンセプトで、有料の健康アプリを開発していったとのこと。

そうすることによって、基本健康に興味を持っていない人達もポイント欲しさに歩数を稼ぐ。しかし、次第にそれが常態化していくと、いつしか歩くことが自分の中で当たり前になり、いつの間にかウォーキングの習慣が身についている人も多いとのこと。

今回の学会長のお茶の水循環器内科院長・五十嵐建祐先生も、独自の健康アプリを開発し、患者さんがある一定の歩数以上歩くと、全く換金性のないキーホルダーやクッションなどをプレゼントしているとのこと。クリニックの診療カードをゴールドカードに交換も可能とのこと。ただ、それでVIP待遇になったりはしないらしい。課金することを目的とせず、達成感をあまりお金とは関わらない形で「承認」してあげることが大切なポイントなのかなと感じた。

 

先日の行動経済学の「ナッジ」といい、今回の演者の方々の講演内容と言い、従来の古臭い「教育的指導」から、いかにその気にさせるのかといったことが大切であり、それができると参加率や継続率が飛躍的に上がるといったことを知った上で、医療者も健康増進に取り組んでいくことが、今の時代には求められており、重要なことなのだと改めて思い知らされた。

 

昭和に育った人間としては、時代が大きく変化しており、発想の転換をしていかなくてはいけないことは、正直頭の痛いところである。しかし、何とか”平成の次の時代”に見合った、健康増進プログラムを企画していける様に、自分の頭をできる限り柔らかくして考えていきたいと思う。

 

文部科学省の2018年度学校保健統計調査(速報値)によると、裸眼の視力が1.0未満の高校生の割合は3人に2人の67.09%に上り、過去最悪となったとのこと。

 

今朝の日本経済新聞朝刊の記事では、

文科省によると、視力1.0未満の割合は、幼稚園では4人に1人の26.69%、中学生で半数以上の56.04%となるなど、加齢により上昇。どの学校種でも統計を取り始めた1979年度以降、増加傾向が続いている。視力0.3未満の割合は中学生で25.54%、高校生で39.13%に上った。文科省は「スマートフォンの普及や携帯ゲームの人気などで、子供が近くで物を見る時間が増えていることが背景にあるのではないか」としている。

と書いてあった。

 

文科省のこの統計調査の報告を見てみると、昭和54年の中学生の視力1.0未満の割合が35.19%、今回の速報値での小学生の視力1.0未満の割合が34.10%と、ほとんど数字が変わらない状態になっている。ちなみに昭和54年の小学生の割合は17.91%とのことで、ほぼ倍増してしまっている。

この数字の推移を見て、正直驚いた。そして、やはりこうなってしまうのだなと納得もした。

 

僕自身、中学生の時の視力は両眼ともに2.0であった。

しかも、視力検査の時はその2.0の「ランドルト環」もくっきり見えていた。既定の距離よりもさらに遠くからでも判別できていたので、きちんと測れれば恐らく2.5などといった結果になっていたと思う。当時はそれ以上検査ができず、悔しがっていたのを覚えている。

 

何故そんなに視力が良かったのか、自分自身で考えてみたが、当時はキャンプなどにもよく行っていて、自然の中で遠いところを見る機会が非常に多かったからだと思う。

そして、家でろくに勉強もせず、ソファーに寝転がって大文字山の「大」の字の火床を歩いている人達を何となく眺めたり、比叡山へと続いていく山の尾根に生えている松の木を「ぼーっ」と眺めたり良くしていた。そう言えば振り返ってみると、結構松の木の形はよく見えていたなと思う。当時はただ本当に「ぼーっ」と眺めていただけなので、何も意識していなかったが…。

 

そんな視力だけは誰にも負けない自信があった僕も、今や視力は両眼ともに0.5程度。

ほんと悲しい限りだが、東京に出てきて、国試勉強していた頃から急激に視力低下を感じる様になった。

その後も、医者になってからPC作業も増え、どんどん視力は下がり、とうとう眼鏡をかけ始めたのは8年くらい前だったと思う。視力自慢の自分としては、結構ショッキングであった。

 

文科省のコメントにある様に、確かに近くのものしか見ない生活になってしまっていることも大きな要因だと思う。

是非、子供達には、自然の中で「ぼーっ」とでもいいから、遠くを眺めてもらいたいものである。

そして、僕ら大人達も自然の中で遠くを眺める機会を、意識してでも増やしていく必要があると感じる。

以前から、気になっていることがある。 皆さんはエスカレーターでは歩く派、歩かない派、どちらでしょうか?

僕はついつい歩いてしまう。最近はエスカレーターでは歩かない様にキャンペーン的にアナウンスやポスターを張っていることも時々見られる。

 

そもそも、「エスカレーターで歩くなら、階段を使えばいいじゃないか」という意見もあるだろう。また、メタボな体形しているのだから「エスカレーターで立ち止まらずに、歩いて少しぐらい体を動かせばいいじゃないか」という意見もあるのではないか。

 

改めて自分がなぜエレベーターで歩いているのかを考えてみると、僕自身せっかちな性格なので、一番早く進める手段としてエスカレーターで歩く選択肢を選んでいる気がする。そして、全部階段を昇り降りするとちょっときついので、ついついエスカレーターを使ってしまっているということももちろん否定できない。

 

逆に、キャリーバッグを持っている時は、階段をキャリーバッグを持ち上げて移動することは避ける様にしている。理由は、単純に疲れることと、どうも体の歪みが生じてしまいそうな気がしているからだ。このため、おとなしくエスカレーターで立ち止まって移動している。

 

本当に日本人は律義に片側をきちんと空けてエスカレーターを利用しているので、すごい文化だなと感じることもある。ただ、正直そこまできちんとこの暗黙のルールを守らなくてもと思う時もある。

例えば、東京駅などの新幹線のホームでは人の移動が著しいので、片側をきちんと空けるために、ホーム上で長蛇の列となって渋滞してしまっている。

僕も新幹線移動の時はほとんどがキャリーバッグを持っているので、おとなしくエレベーターで立っている。流石にあれだけ混雑していて、しかもエレベーターを荷物担いで歩いていく人はかなり少ないのだから、片側空けずに、できるだけ歩かない人が2列でエスカレーターに乗るようにすればよいのではないかと思ってしまうことがある。

ただ実際にそれを実現するためには、駅員さん等が、キャンペーン的にかなり積極的に2列誘導を行っていかないと難しいのかもしれない。

 

今年、東京駅構内で、山手線ホームから北口に向けての階段・エスカレーターの修理が完了し、利用できるようになった。ここで私は少し驚いたのだが、昇り降りともに、エスカレーターが1列ずつとなっていた。

最初に見た時には一瞬不便そうにしか思えなかった。しかし、よくよく考えると、1列にしてしまえば、必然的に誰かがエスカレーター上で立ち止まってしまえば、誰も歩くことはできなくなる。このため、「エスカレーターで歩く、歩かない」問題を解決する意味では、なるべくエスカレーターは2列ではなく、1列のエスカレーターを増やしていくことが有効なのではないかとも思えてきた。

 

「しょうもないこと考えておらずに、仕事しろよ」と言われてしまうかもしれないが、皆さんは、如何お考えされているのだろうか?

先日、第3回産業保健情報・政策研究会という会がありテーマが「ヘルスケアサービスの品質評価」であったので、このシンポジウムを聴きに行った。産業医大の先生方のご講演もあり、大変勉強になった。

 

産業生態科学研究所 作業関連疾患予防学の先生方からは、

地域別の産業医の実情や、事業所側が産業保健部門の業務量や人数の関係についてどの様に考えているかの調査結果などを教えていただいた。

産業医も徐々に首都圏は飽和状態になる傾向にあり、逆に地方はまだまだ不足な状態が続いていることなど、現状の産業医についてのデータを見せていただき、日本の中の実情がよく分かり非常に興味深かった。

 

また、健康診断の問診での必要項目とはどの様な項目なのかを、産業医専門医や保健師へのアンケート調査の形式で調査されていた。

印象的だったのは、所属や現病歴だけでなく、勤務時間や有害業務の状況も必要と回答されている割り合いが高かったとのこと。これまでの問診項目ではそこまで踏み込んで敢えて記載されていなかったが、確かに勤務時間や有害業務の状況についても、健康診断の結果と連動して、産業医や保健師が一目で見れることは、社員の安全配慮を行う上で大変有益であると思う。

 

その他にも、最新のヘルスケア情報について、色々な方面からゲストを呼んで、それぞれの先生方がわかりやすくご講演いただいた。今後も産業医の仕事を行う上で、産業衛生についての学術的なデータについてもっと勉強していく必要があると改めて感じた。そういう意味でも、今回のシンポジウムは得るものも多く、非常に勉強になった。

今月、立て続けにメトアナの講演会を聴く機会があった。

福岡大学病院内分泌・糖尿病内科准教授の野見山崇先生と横浜市立大学附属市民総合医療センター内分泌・糖尿病内科部長の山川正先生が講演されていた。

 

 

メトアナとは、糖尿病薬の1種で、DPP-Ⅳ阻害薬とメトホルミンの合剤である。

ともに体重を増加させずに血糖値を下げてくれる薬剤の組み合わせなので、非常に理にかなっている。そして、合剤にすることで飲み忘れが減ることも期待される。「飲み忘れが減る」ことは「患者さんのアドヒアランスが向上した」と医療現場では表現する。この薬は1日2回内服する薬なので、その分メトホルミンの容量も多く服薬することができる。

 

それとは別に、2人の先生ともに食事療法や行動療法についてコメントされているのが印象的であった。

以前の私のブログでもコメントさせていただいたが、現在食事療法については混沌としている部分がある。特に炭水化物の割合を3大栄養素の中で何%するかは、正直医者によって意見が分かれていると言わざるを得ない。

野見山先生は医学的エビデンスを基に、50%以上摂取することを推奨されていた。

 

また、山川先生は患者とのパートナーシップを築くために行動療法が有効であることも強調されていた。その中で動機づけ面接やメディカル・コーチングについてもコメントされていた。糖尿病専門医の先生方の中でも、こういった患者をやる気にさせる手法が重要であることが広く認識されてきていることは、非常に嬉しく思う。

 

様々な先生方のご講演を聴かせていただくと、勉強になるのはもちろんのこと、どういったことにその先生が関心や興味を持っておられるのかも分かり、非常に参考になる。私自身も、糖尿病治療の中で行動療法の重要性をさらに認知してもらえるように、少しずつでも情報発信していける様に頑張っていきたいと思う。

 

先月末に両親が50回目の結婚記念日を迎えたとのことで、そのお祝いを家族で行った。

金婚式とは、結婚 50年目を祝う祝賀式で、光沢が美しく容易に変質しない金にあやかって金婚式と言われているそうだ。兄妹で相談し、両親には、金箔の模様が入った名前入りのお箸をプレゼントした。

 

両親が元気に夫婦で暮らしてくれているのは、本当に有り難いことだ。特に今年は、僕自身、仕事を独立して個人事業主として働き始めたところで、自分のことで手一杯なところもあるのでなおさらである。

今年は実家に帰る頻度も少なくなっていたので、こういったイベントは帰省する良いきっかけにもなる。

 

金婚式が成立するためには、当たり前だが、二人とも長生きしてもらわないと成立しない。しかも、父親はまだ週4日外来をして働いてくれている。お酒が全く飲めないため、昔から仕事が終わるとまっすぐ家に帰ってくる人だった。甘いものは好きで、タバコもいまだに吸っているため、これからも健康を維持してもらう様に、嫌がられない程度に今回も少しだけ健康のアドレスをしてきた。

その父親を専業主婦の母親が支えてくれているわけだが、上手く息抜きしながら今後も元気に暮らしてもらいたいと思う。

 

50年という期間は、正直途方もなく長い気もするが、自分自身も健康を維持して、長く元気に暮らしていける様に頑張っていきたいと思う。

先月、東京都済生会中央病院の同窓会があった。病院内で行われた1次会には出席できなかったのだが、同期の岡田徹也先生(練馬区:岡田医院院長)が2次会をセッティングしてくれていたので、そこに参加させていただいた。

 

現副院長の中川晋先生を囲んで、元研修医達が20名以上集まった。驚いたことに、僕と岡田君が最年長で、あとは僕より先生方ばかりだった。

1人ずつ自己紹介もしたのだが、やはり東京都立民生病院も併設している東京都済生会中央病院ならではの研修エピソードが満載で、学年は異なっても共通する話題で思った以上に盛り上がった。

通常の病院勤務では経験できないような、路上生活者や保険証を持たない日雇い労働者の救急外来での診察や、その人達の入院中のエピソードなど、元研修医一人一人が持っているネタは、どれもかなりインパクトのあるものばかりだった。

 

また、基本、特に内科系は救急車を断らずに受け入れる様にしていたため、研修医はかなりハードワークであったのだが、それを務めあげた先生達は、その後各々の活躍されているのだが、本当に目を輝かせて、熱い想いで医療に携わってくることが話からヒシヒシと伝わってきた。

やはり、医師として最初の2年間は、大変であっても必死にたくさんの症例と向き合い、苦労をしておくことが、後の医者人生を送る上で非常に大切なのだなと、改めて強く感じた。

 

実は僕自身も、医者になりたての研修医1ヵ月目に、当時のあるシニアレジデントに、「絶対に24時間を空けずに、患者を見に行け」としきりに言われた。お蔭で研修医1年目、特に最初の10ヵ月程は、友人の結婚式出席以外、すべて出勤していた。残業時間・時間外勤務からすると、恐ろしい時間になると思う。

今や自分も産業医をしているので、残業はしない様に促す立場だが、正直、研修医や医師になりたての時期の労働時間は、遅くなっても必死に患者さんのために働いた分だけ、医師としてのスキルアップに直結するだけに、実際残業規制をどうしていけば良いか、はっきりとした意見が言えないというのが今でも本音のところである。それは、今回の同窓会も含めて、特に研修医時代にガッツリ修行してきた医師ほど、現時点でも同様に考えあぐねている先生が多いなと感じている。

先月28日の日本経済新聞夕刊のコラムで、サッカー日本代表の岡崎慎司選手が「静岡の人は非常に話がしやすい」とコメントしていた。

私自身も同感であると思った。

岡崎選手は、静岡の人は「何か話さないと気まずくなるんじゃないか」みたいなプレッシャーを感じさせないので自然に会話が弾む。そういう意味ではハセさん(長谷部誠選手:元日本代表キャプテン)も静岡の人なのかな。サッカーに夢中の藤枝の少年がそこにいる感じだった。と述べている。

 

以前、私も伊豆長岡の病院で仕事していた時に、仕事仲間と飲んでいる時に、静岡の人達の県民性が話題になることがちょくちょくあった。

みんな総じて、静岡の人達とは話がしやすいという結論であった。温暖な気候がそうさせるのか、本当に患者さんもスタッフの皆さんも、コミュニケーションがとりにくいということは、あまり感じることがなかった。

 

実は今週、静岡市の職員の方々が、都内で静岡市の商業施設の売り込みも含めて、静岡市の宣伝をされていた。そのプレゼンを聴かせていただいた。その後、名刺交換などもされていたが、その時感じたのは、「自分の住んでいる街の職員の方が、あんなに一生懸命に自分たちの街の活性化のために頑張っている姿をみたら、本当に嬉しいだろうな」と素直に思った。

 

私自身、20歳前後の頃に、1年間だけ静岡市で暮らしていたことがあった。人生の岐路に立たされた状況になり、今後自分の人生がどうなっていくのかかなり不安な時期だった時に、静岡の人達に穏やかな性格で接してもらえたことが、非常に有り難かったことを今でも覚えている。

 

僕自身、京都で育ち、大学以降は東京(近郊)で暮らしているが、ともに静岡ほどは安易に              コミュニケーションを取ることはできないなと感じる時はないとは言えない。

 

今春から、また沼津で仕事をさせていただくことになり、やはり岡崎選手が言うように、静岡の人は「何か話さないと気まずくなるんじゃないか」みたいなプレッシャーを感じさせないでくれるので、会話がしやすいと改めて感じている。

 

これからの時代は、部下・後輩や患者さん等に対して、我々の方が如何にこの「非常に話がしやすい」雰囲気を作って、気遣いなく話しかけてもらえるようにするかが求められていると思う。そういった意味でも、この静岡の人達の雰囲気づくりを見習う必要があるのではないだろうか。