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国立極地研究所や茨城大学などの研究グループは今月、地球史の一時代(77万4千~12万9千年前の地質時代)が千葉の名前に由来する「チバニアン(千葉時代)」と命名されることに決まったと発表した。韓国・釜山で開かれていた国際地質科学連合の理事会が日本の申請を了承した。約46億年におよぶ地球の年代名に初めて日本の地名が採用される(日本経済新聞2020/1/18朝刊)、とのこと。

命名理由としては、地層を緻密に分析し地球の磁気(地磁気)が逆転する現象をよく記録している証拠を示したことが、他の候補地を退ける決め手になったそうだ。方位磁石が指す方向を決める地磁気の向きは、過去に何度も逆転していたことが分かっているそうで、約77万年前には最後の逆転が起き、現在のように磁石のN極が北を指すようになった。

千葉県市原市田淵地区の「地磁気逆転地層」には太古、地球のN極とS極の向きが逆転した痕跡が残っているおり、地層には磁石の性質をもつ鉱物が含まれ、はっきりした記録が残っていたとのこと。複数の手法による分析で、逆転が起きた時期が一致し、分厚い当時の地層の中に、花粉や化石が含まれていたことも決定を後押しした、とのこと。

 

また記事によると、

【チバニアンは現代人と同じ人類「ホモ・サピエンス」が生まれた時期と重なる。当時の気候の特徴は現代と似ているともいわれる。極地研の羽田裕貴特任研究員は「チバニアンの研究を通して、現代の人類がもたらす温暖化の影響などを調べられるだろう」と解説する。チバニアン決定で、千葉を舞台に気候学や地質学などの研究が盛り上がると期待される。菅沼准教授は「若い人が地質学の分野に入るきっかけになるといい」と話した。】とのこと。

 

と言っても、僕自身、この「チバニアン」について何も詳しい訳ではない。むしろ学生の頃、地学は苦手科目であった。今回は千葉県民として、千葉の名前が入っているという、ただただミーハーな理由からである。

ただ、市原市では「チバニアンビジターセンター」を昨年12月に開設し、地元住民らでつくるガイド組織も発足し、見学者向けの解説や観光案内を手がけている(日本経済新聞2020/1/18千葉版)とのこと。地層の近くには紅葉の名所として知られる養老渓谷や温泉、小湊鉄道のトロッコ列車など様々な観光資源が点在している。是非、皆さんも東京ディズニーランドや成田空港だけでなく、違う千葉県もいらしては如何だろうか。

いよいよオリンピックイヤーになった。しかも日本・東京での開催ということで、何となく世の中がソワソワ、ウキウキしているように感じる。

 

ただ、実際のオリンピック開催時期の都内の混乱については、なかなか想像できないところもあり、どの程度対策を打っておくべきか悩ましいのも事実である。私も産業医として行っている豊洲にある会社は、開催期間中、なるべくテレワークにして、出勤社員数をできるだけ減らすように対策を進めている。実際に、そういう方針の会社も多いと思われる。

 

東京都も開催期間中、車両の通行止めを含め、自家用車の利用を制限するように呼びかけている。そうすると、公共交通機関の利用をなるべく促す必要が出てくるのであるが、正直、もう少し各駅の案内表示に配慮していただけると有り難いなと感じることがしばしばある。

 

特に、知らない駅で下車して、改札を出た時に、「さて、どちらの方向に行けばよいか」と思った時に、近隣の地図表示がない駅が少なからずある。こういった時は、知らない土地なので、そもそも右・左のどちらの方向に行くかのすら分からず、大変困ってしまう。

また逆に、駅のホームに着いた時も困ることもある。今から乗る電車の何号車に乗っておくと、降車時の乗り換えに便利なのかと思い、沿線駅のエスカレーターや出口の情報がないかホーム見渡してみると、意外にも全然その情報が見当たらないことも多い。混雑しているために探せないまま電車に乗り込んでしまって、降車後、全然逆方向だとがっかりすることもしばしばある。

 

何故、「おもてなしの国」日本において、こんなに電車利用時の基本中の基本である情報が不親切な状態で長年放置されているのか。しかもオリンピック開催直前の東京でさえ、未だになかなか改善がみられないのか、正直不思議でしようがない。

 

例えば、改札からエスカレーターで降りて来ると、ホームのその辺りは非常に混雑しやすい。そこに降車駅の情報がすぐに目に入れば、自分の一番都合のよい車両まで自発的に移動してくれる人も多いと思う。

 

そして、そもそも観光客の人達も、この様な案内板が適材適所に置かれていれば、安心して電車に乗ることができるし、イライラすることもない。様々なトラブルの予防にもなると考えられる。

現在、都内の多くの駅で改修工事がされているが、是非「おもてなしの心」に寄り添った、気配りの行き届いた案内にも力を入れてほしい。

障碍者の目線で改善することも重要だし、そして、その土地・その駅に不慣れな人達のニーズを十分に満たす「おもてなしの心」も、あと残り半年でどんどん発揮していってもらいたいと思う。

先日、伝塾の有志で、労働衛生コンサルタント受験対策勉強会があり、参加してきた。

残念ながら、まだ受験資格が揃っていないので、自分はまだ受けられないのだが、結構口述試験が大変だという話を聞き、予めどんなものか知っておく必要があると思っていた。

 

そもそも労働衛生コンサルタントとは、国家資格を持って、職場の労働災害、職業性疾病の未然防止や再発防止対策の方法・考え方を具体的に事業者に助言する専門家のことを言うそうだ。

そして、その受験資格として、医師の場合は、厚生労働大臣が指定する講習を修了した後、口述試験が必要となる。

 

この口述試験で、かなり踏み込んだ内容の質問をされるとのこと。

その質問範囲は多岐に渡り、メンタルヘルス対策や過重労働対策といった健康の分野から、職場巡視・作業環境管理といった安全の分野まで幅広く質問されることとなるそうだ。

 

例えば、新聞報道等もされた、工場内の化学物質の暴露による社員のがん発症多発といったことが発生しないようにするために、「ある有機溶剤の暴露があった場合に、どのように対応することが必要か?」と言った質問がされる。そして、「その再発予防策について、リスクアセスメントする場合は、どの様に行いますか?」などとどんどん質問も追加されていく。

 

実臨床しかしてこなかった内科医としては、本当に知らないことばかりで、かなり大変な試験なのだなというのが、正直な感想である。

しかも、一つ一つ答えていくと、さらに「他には何かありますか?」と何度も追加で質問されることもしばしばとのこと。そう質問される度にどんどん不安になっていくと思う。これを予め払拭しておくために、どの程度まで答えていけばよいのか、すでに合格している伝塾生のドクター達に、模擬面接官になってもらい、実際に先日口述試験対策を行っていた。

 

今年の受験生の先生方のレベルの高さに驚かされ、これはかなり必死になって勉強していく必要があると、改めて思い知らされた。安全衛生や法律関係については、本当に知らないことがたくさんあり、この年齢で覚えられるのか、かなり不安である。しかし、先生方の頑張りを見て、自分も来年受験を目指して、まずはしっかり勉強を始めてみたいと感じた1日でもあった。

「目標を次々に達成する人の最強の勉強法」(猪俣武範;ディスカバー)を読んでみた。サブタイトルは「ハーバードx MBA x医師」。

まったく知らなかったのだが、著者は順天堂大学卒で、僕の後輩だった。しかも高校は僕の息子の先輩ということになるらしい。

 

自分より後輩であり、「ハーバードx MBAx医師」という、何ともいけ好かない肩書きだが、本を読み進めていくと、なるほどと何度も唸らされてしまった。やはり、マルチタスクを達成していく人は、考え方が非常にしっかりしていると脱帽せざるを得なかった。

 

特に素晴らしいなと感じたのは、「目標から逆算して考える」という考え方と、「10%の時間は「意識的に」新しいことに使う」という考え方。

この中で、グーグルの有名な「70/20/10」を紹介されていた。勤務時間のうち70%をコアビジネスに、20%をコアビジネスの延長に、残り10%を全く新しいプロジェクトにそれぞれ使うというもの。この比率に保つことで柔軟性と融通性が生まれ、常に新しいアイデアや戦略が生み出されるとのこと。そのためには、無駄な時間を減らし、意識的に10%の時間を本業以外に確保すること。そして、10%の時間に本業以外の人と過ごすようにすること。こういった新しい投資を行うことが大切だと説いていた。

 

僕自身も行ってきたことを、著書の中で紹介されてもいて、共感する箇所も多かった。

「隙間時間を活用する」「蛍光マーカーを活用する」「勉強にお金を惜しまない」「英語のライティングはグーグルを使って学ぶ」「発言することで自分の意見や思考を磨く」「意識して清掃の時間を作る」といった項目である。こういうことを、自分と違って若い頃から明確に意識しているという、モチベーションの高さは本当に素晴らしいと思う。

 

これからの時代、いかに新しい発想を思いつき、早くそれに突き進んでいくことが今まで以上に重要な時代になってきている。そのために、普段から副業をしたり、余暇を楽しんだり、本業以外のことに触れておくことが大切になる。そのためには如何に時間の無駄を省き、隙間の時間を活用することが必要となる。そして、自分の目標を達成していくためには、逆算して時間管理を行っていく…。やはり、そうやって理論的に自分の目標に向かっていくことは、本当に大切なことだと感じる。

 

まだまだ自分自身の方針が定まっておらず、まず目標に向かってどうしていけばよいのかを知りたい時に、最初に手に取る本として、この本は分かりやすく、網羅的にきちんと書かれているので、非常にお勧めな本になると思う。

 

後輩でありながら、教えられることがたくさんあった。そして、僕自身ももっと頑張っていこうと思わせてくれる1冊でもある。

「社長の「まわり」の仕事術」(上坂徹;インプレス)を読んでみた。これも、なかなかに衝撃的な、今までにない内容となっており、お薦めの1冊だ。

 

タイトルを見て、社長室のまわりにどんなものが置いてあるのかという内容かと思ったが、違った。

これは、社長を支える主要な部下の方々をピックアップして、その人達が、普段どの様にして社長とコンタクトをとりながら、仕事をしているのかということを、ひたすらインタビューしてまとめた内容となっている。

著者は「はじめに」に、「世の中のほとんどの人は、「社長のまわり」の人」だということに注目した」と述べている。そして、通常のビジネス書の読者は、経営者について書かれた本よりも、「すごいと言われる経営者のまわりには、「デキる」人達がおり」その人達にこそ学ぶべきではないかという発想のもと、この本を企画そうだ。

 

そして実際、6社の「社長のまわり」の人にロングインタビューを行っている。その内容が「衝撃的」で、たくさん学ぶことがあった。そういった意味で、過去になかった内容の本に仕上がっている。

 

読んでみて、いずれの企業の「社長のまわり」の人達も、とにかく常に社長の動向を隈なく観察し、話しかけるタイミングやメールするタイミングを細かく見定め、絶妙なタイミングで社長にメールしたり、ミーティングを開くように、常に細心の注意を払っているということが、非常に印象的であった。実に上手によい意味での根回しも行い、そうしていくことによって、時を逸することなく新しい事業に舵を切ったり、プロジェクトの方針転換を可能にさせたりすることができる。

 

口々に、この「社長のまわり」の人達が言っていることが、「「無理です」と最初から断らないようにしている」「要件は手短に、結論から話す」「スライドは1枚にする」など、本当に大量の情報をどの様に社長と共有しながら、的確に処理・発展させていくか、日々、様々な工夫とコミュニケーションを取っておられるということが、ひしひしと伝わってきた。そうすることによって、社長が的確にかつ即決することができている。

そして、最初は半信半疑であっても、徐々に社長に共感し、そしてリスペクトし、そして自分も進化していくという、本当に理想的な上司と部下の関係が築けていることが読み取れる。

 

中川政七商店の緒方恵・デジタルコミュニケーション部部長の言葉に象徴されているように、「どうして、これほど成長してきたか」の理由として、「ビジョンの強さ」を強調している。「社長はひたすらビジョンを言い続ける」「各社員は、タスクを細分化してこなしていく訳だが、それが何に繋がっているのかという話しをみんなでし続けて、常にビジョンに立ち戻る」ことを挙げている。「ビジョンに共感しているからこそ、モノづくり・店づくりのレベルが以上に高い」とも語っている。さらに「『これは社長はどう思うかな』という主語で議論がなされたりしたら危ない。お客様を主語にしないといけない。内向きの話しが多くなる企業は、組織として黄色信号」とも話している。そして、「「あそこの人材配置悪いよね」「あっちのチーム、ラクしてない?」なんて声が出てくると危険」だと言う。

 

よく、「ビジョン」が大事と言われるが、ここまで具体的に「ビジョン」の大切さを明確に表現していることは、なかなか簡単ではない気がする。やはり、実際の成功事例を見ることによって、たくさん学ぶところがある。

 

 

そして、この本を読んで非常に感じたことは、「「フォロワーシップ」の具体的な成功事例を垣間見ることができた」ということ。

「フォロワーシップ」を提唱したのは、カーネギーメロン大学ロバート・ケリー教授で、著書「The power of followership(指導力革命―リーダーシップからフォロワーシップへ) 」の中でフォロワーシップとその概念について説いている。組織における業務の成果に対してリーダーの影響力は10~20%に対してフォロワーの影響力は80~90%と大きく、成果の大きさはフォロワーの活動に左右されるとのこと。

 

コーチングやチームビルディングにおいても、「フォロワーシップ」の大切さはよく言われているのだが、やはり、実際の成功事例を見ることによって、この「フォロワーシップ」の影響力の大きさということを実感することができる。

 

いくら経営者が声高に新しいアイデアを発しても、それに付いてきてくれる優秀な部下がいなければ、実現はしていかない。改めて、人の大切さをまざまざと感じさせられた衝撃的で斬新な一冊であった。

前回のさらに続きです…。

 

普段、何気なく新聞やニュースで報道されているが、南極観測隊の動向は思った以上に頻回に記事にされている。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53986580Z21C19A2CZ8000/

https://www.47news.jp/national/science-environment/4374094.html

https://www.asahi.com/articles/ASMCJ75PFMCJULZU00N.html?iref=pc_ss_date

 

そして、実際に「南極観測船しらせ」からのメールが時々送られてきていたのだが、その一部を要約して、少しだけご紹介したいと思う。分かりにくい箇所は、随時報道の記事にて補足していく。

 

12月2日に第61次南極観測隊は、オーストラリア・フリーマントルを出港。

このオーストラリアまでは、飛行機で移動。海上自衛隊員などの隊員は、すでに11月12日に東京・晴海客船ターミナルからしらせを出港させていたとのこと。

https://this.kiji.is/566806111859065953?c=39546741839462401

第61次隊の大切なミッションの一つに、気候変動に伴って融解が懸念されている南極の「トッテン氷河」を集中的に観測することがある。昭和基地の周辺では池の底の堆積物を採取し、昔の南極氷床の状態を探るとのこと。ヘリコプターで氷河上に降り、厚さを測るセンサーを設置。観測隊によると、トッテン氷河が全て解けると地球の海面は約4m上昇するとされる。海上に張り出した氷河の末端の下に比較的暖かい海水が流れ込むことで解けるとみられる。

https://this.kiji.is/579276517543674977?c=39546741839462401

 

実際に小嶋医師も、調査に向かうヘリの最終便に乗せてもらうことができ、空の上から南極を見てきたとのこと。「感動です!!動画を見せられないのが残念」と言っていた。

実は、「船内では限られた容量の範囲内でメールしています。返信してもらう場合は、この文章を消してメールしてもらえると容量を少なくできます」とも書いていた。全隊員で、少ない容量を共用しているそうで、動画送信どころか、インターネットも使用できない環境のようだ。

 

ヘリコプターから見える光景として、「アデリーペンギンやコウテイペンギン、ウェッデルアザラシ、ユキドリなどの生き物にも出会えました。ユキドリは、真っ白でかわいいです。大きな氷山、ほぼ日が沈まない景色、これもなかなか貴重な体験です」と書いてあった。別の日には「昨日は鯨を見ました。背中と尾ひれ、潮を吹いているところしか見られなかったけど、なかなか生でみることもないので良かったです」とも。

また、「毎日20分以上は走り、youtubeのコピーを見ながらヨガをしています。今日は、雪の中で甲板を走ってきました」とのこと。やはり、医師の不養生ではいかんとのこと。大変な環境下での任務にもかかわらず、きちんと体調管理をしているのは偉い‼

自分は年末年始に帰省して、結局色々食べ過ぎてしまって、見事に太ってしまったというのに…(汗)。

 

クリスマス会や忘年会では、サックスやパーカッションを演奏したりして、船内を盛り上げているとのこと。ここ数年趣味で始めたサックスを持っていくということで、お茶の水の楽器屋街にも行っていたようだが、実際にこうやって盛り上がっているとは…。

 

内容がよく分からなかったのが、以下の文。

「0時にしらせの汽笛を外で聞いて年越しをして、初詣にも行ってきました。」 初詣とはなんだ??

メールで確認してみたところ、教えてくれた。

「しらせの船中に富士山本宮浅間神社の神棚があり、自衛隊員が神主さんに扮して、「初詣」とあいなりました」とのこと。自衛隊員さんはいったい何役こなすのか⁉

 

まあ、とにかく知らないことだらけで、かなりメールだけでも刺激的な内容なのだが、また気まぐれにメールが送られてくると思うので、これからも楽しみにしたいと思う。

明けましておめでとうございます。

本年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

 

さて、今年もドジ話から始めたいと思う。

 

昨年も(残念ながら)たくさんあったのだが、相も変わらずイージーミスが多い。かなり焦ったことの一つに、チケットの買い間違いがあった。

これは、臨床コーチング研究会のスキルアップセミナーが札幌で開催され、そのため、往復の飛行機の切符を予約したときのこと。週末の札幌往復の飛行機なので、なかなか空きがなかったが、何とか購入することができた。やれやれと思い、一応確認のメールが送られてきたので、珍しくちゃんと確認した。今回はドジを踏まずに済んだと、安心しようとした瞬間、氷ついてしまった。

何と、帰りの飛行機も「羽田→新千歳」となっていた‼

ご存知の通り、飛行機のチケットの変更はなかなかできない。困り果てて、航空会社に問い合わせしようと思った。しかし残念ながら、電話受付は夜22:00までとのこと。嫌味なように、気が付いたのは22:00をちょっと過ぎていた。仕方なく、翌日午前中に電話。

「ああ、確かに両方「羽田→新千歳」になっていますね。今、「新千歳→羽田」便で空きがあるかお調べします」とのこと。すると、しばらくして、幸い「新千歳→羽田」に数席空きがあるとのこと。「今回に限り、こちらで変更の手続きをいたします」と言ってくれた。

札幌について、北海道在住のドクター等にこの話をしたら、「よくチケットが変更できましたね」とのこと。かなり危ない橋を渡ったということをさらに認識した次第であった…(汗)。

 

 

そして、昨年とにかく多かったのは、ポケットWi-Fiの電源切り忘れ。

ポケットWi-Fiは、移動中や外出先で仕事をする時に大変役に立つ。ただ、もちろん電源が切れていると使えない。このため、こまめに電源を切るように心がけている(ハズ…)。

ところが、家に着いたとたん、Wi-Fiの電源を切るのを忘れてしまっている。帰りの電車やバスの中で電源を切ればよいものを、ついつい忘れてしまうのである。

このため、翌朝出かけて、さあ使おうと思った瞬間「電源が入らない‼」という事態に何度陥ったことか…(涙)。

 

結構、切羽詰まって仕事をしなければならない時に、PCは起動しても「Wi-Fiが使えなければ、メールも送信できないだろ‼」という、一人ツッコミをして、途方に暮れることも幾度かあった。

本当に自分の脇の甘さに、昨年も何度も痛い目にあってしまった。

今年は、自分を信用せず、小姑のようにチェックしたいと思っている…(苦笑)。

 

 

それから、非常に印象的だったのが、5月の名古屋で行われた日本産業衛生学会でのポスター発表のため、業者に頼んでポスターを印刷してもらったのだが、その大きなポスターをちょっと面倒くさかったので、学会場に直接送付してもらうこととした。宅配便で学会場に直接送ってしまえば、学会側のどこかしらで受け取ってもらえる場所があるだろうと安易に考えていた。すると、宅急便の配送の人から、受け取り場所がないのでどうすればよいでしょうかと、携帯に電話がかかってきた。

ちょうど発表前日から行っていたので、「それでは、再配送で学会場まで来られたら、その時に再度携帯電話に電話してください」とお願いした。

そのまま、シンポジウムなどを聴いていたのだが、果たして電話がかかってきた。「どこにおられますか?」と言われたので、急いで会場の中庭に出て行き、「今、中庭の時計の下にいます」と返答し、晴れて宅急便のお兄さんと遭遇することができた。

ちょっと周りの人に見られて恥ずかしかったが、無事にポスターを受け取ることができた。

 

前日入りしていたのなら、宿泊先のホテルに届けてもらえばよかったとあとで気が付いた。相変わらず横着してしまったと、年甲斐もない行いをまたまた反省した…。

 

 

毎年、「今年こそはドジは踏まないぞ」と心に誓っているのだが、全く上手くできたためしがない。

そして、色々なドジを踏んだ時に、有り難いことに周りの方々に本当に色々と助けていただいていることについて、もっとしっかり感謝しなければいけないと感じている。

その分、違った形で自分も何かしらお返しをしていかなくてはとも思う。

 

今年も、まずは感謝の念から…。

前回の続きです…。

 

実際に、彼が予備校に通っていた頃、僕もポリクリが始まり、医師国家試験も近づいていたため、そんなに会える機会は多くなかった。

 

ただ、時々京都に帰省した際には必ず会って、どんな状況なのか話し聞いたりしていた。

微分積分なども、この大学卒業後からはじめて勉強しだしたわけだが、元々の地頭がよいようで、高校生やまだ10代の浪人生に負けない吸収力で、どんどん成績も伸びていった。

それでも、僕自身3浪して医学部に入ったので、小嶋にも「3年かかるぞ」と、焦らせないように話しをしていた。

 

しかし、結局彼は2年で見事医学部に合格。しかも医学部2年生からの編入ということで、予定していた医者になるまで9年計画だったのを、7年で達成することになる。本当に凄いことだと思った。

 

京都時代のエピソードとして、未だに二人であった時に話題が出る出来事があった。当時、やはり極力お金をかけずにいたいと思っていたようで、僕が帰省して連絡を取った時に、手持ちのお金が120円くらいと言っていた。そこで、じゃあ急いで僕の実家まで来たらと言ったら、喜んですぐに行くとのこと。

このため、母親に「今から何か食べさせるために、お茶漬けでも何でもいいから、飯を作ってくれ」と頼んだ。特に何も取留めもない食事だったと思うが、美味しそうに食べてくれていたので、家に呼んでよかったなと思ったことを、今でもよく覚えている。

そして、彼の下宿からだと5㎞程の距離だったため、彼は自転車で来たのだが、夏の暑い時期で、途中暑くてコーラを飲んだら、手持ちが十円しか残っていないと言っていた(笑)。

 

彼が医学部に合格したのと、僕が医師になったのが、結果的に同じ年になった。医者になった途端に、研修医として、怒涛の忙しさで仕事をしていた。僕がやっと医者として一息付けた頃に、今後は小嶋が研修医として、怒涛の忙しさになったため、その後も年1~2回しか会えなかったと思う。しかも、彼は北海道・室蘭で研修をし、その後も千葉の南房総や三重県、そして最近までは種子島と、様々な土地で、整形外科医・家庭医として仕事をしてきた。

 

今回の南極観測隊参加については、ちょうど名古屋出張の時に三重県から名古屋まで出てきてもらった時に、実は狙っているんだと話しをしてくれた。

2年がかりで念願の観測隊参加に漕ぎ着けたようだが、さすがにしばらく会えないことになり、しかも約1年半、妻子を置いていくということだったので、久しぶりにお互い家族同士で先月、上野で集まることとした。

南極観測隊の拠点が東京・立川の辺りにあるらしく、そこでの出発直前の色々な準備についてなど、知らないことを面白おかしく教えてくれた。

 

また、「しらせ」からのメールまで、話しが辿り着かなかった。この続きは次回、年越しとさせていただきたい。

しかも、最新情報として、今日、昭和基地に到着したとメールでの連絡があった。

とうとう南極に上陸したらしい‼

 

非常に中途半端な終わり方で申し訳ありませんが、本年も大変お世話になり、誠に感謝申し上げます。

「それでは皆様、よいお年を‼」

「南極観測船しらせ」は、皆さんもご存じだと思う。そして、南極観測隊と言えば「南極物語」の樺太犬タロ・ジロを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。

 

第61次南極観測隊が、先月、南極に向けて出発し、いよいよ南極大陸に到着するところとのこと。このメンバーの中に、僕の大学時代の同級生の小嶋秀治君が、医師として帯同している。

順天堂大学は、大学1年生は医学部と体育学部(スポーツ健康学部)全員が、啓心寮という全寮制に入寮する。その時の隣の部屋員で、その頃からの仲だ。ただ、その当時、僕は医学部1年生、彼はスポーツ健康学部1年生だった。

啓心寮は8人1部屋になっていて、2段ベッドが4つあり、シャワー・トイレ・冷蔵庫・キッチン・電話が8人で共用だった。当時は、携帯電話もポケベルもまだ全然無い時代だったので、お互い、プライベートなことなどは守られるような環境には全くなかった。このため、みんなが良くも悪くもお互いのプライベートや性格はよく知ったもの同士だった。

 

その中で、小嶋(昔から「こじま」と呼び捨てにしている)は、スポーツトレーナーを目指そうとしていた。ただ、だんだん勉強するに従って、スポーツトレーナーよりも実際に整形外科医として活動した方がよいのではないかと考えはじめ、いつからか僕に「医者になりたい」と相談するようになっていた。ただ、もちろん当時の彼は医学部向けの勉強はまったくして来なかったので、数学や理科の教科について、高校時代に全く履修してこなかった範囲もたくさんあった。

僕自身、高校卒業時の偏差値が40前後で、その後に地獄のような浪人生活を3年過ごしていた。啓心寮で生活しているうちに、そういった話しもする機会はちょこちょこあったので、僕に相談してきたのだと思う。

 

その時、僕は彼に「とにかく、大学を卒業しろ」とアドバイスした。卒業した時でも、やはり「医師になりたい」という思いが変わらないのであれば、僕が高校卒業後に通っていた京都・上賀茂神社近くにある小さな予備校を紹介してあげるからと、話しをしていた。

 

すると彼は、大学4年生の時に、僕のところに訪ねて来て、「やはり医師になりたい」と話しをした。その時の覚悟を決めた表情に、本気だなという気持ちを察した。このため、僕がお世話になった予備校の先生に連絡を取り、彼の予備校生活が始まった。

 

昔の思い出話しを書いていたら、南極のところまで話しが全然行かなくなってしまった。この続きは、次回としたい。

ちなみに、下記のURLを見てもらうと、現在、小嶋先生も含めて、第61次南極観測隊がどの様に活躍しているかが、インターネット上で紹介されている。是非、ご覧になってください。

 

種子島の医師が南極へ

https://www.asahi.com/articles/ASMDN3PZLMDNTLTB006.html?iref=pc_ss_date

地方紙と共同通信のよんななニュース 南極

https://www.47news.jp/search?phrase=%E5%8D%97%E6%A5%B5

 

 

年末になり、さすがにセミナーなどに参加することもなくなってきて、ネタ切れ感があるので、たまには普段思っていることを書いてみたいと思う。

実際には、かなり小さいことと思われてしまうと思うが、普段の生活の中で、気になっているのが信号機のことだ。

僕の住んでいる家の近くの国道の交差点は、何故だが未だに右折表示がされない箇所がある。

ここを右折しようとすると、右折表示がされないので、信号機が黄色になった瞬間に急いで右折しなければならない。直進車が黄色になっても構わずに入ってこられると、そのまま右折できないままになってしまうこともしばしばある。せっかちな関西人は、こういうことがあると「めっちゃイライラ」してしまう。

 

また、都内で大通りを走っている時に、大通りの交差点の間にいくつかある信号が、全く違うタイミングでまちまちに赤信号になったりする。これに何の意味があるのだろうかと、いつも思ってしまう。

どうせ次の大通り交差点に差しかかった時に待たされるのだから、小さな交差点でも同じタイミングだけ、歩行者が渡れるようにしておけばよいのではないかと感じてしまう。

 

昨今、人工知能AIが、どんどん我々の生活の中に入ってきているが、この信号機の設置場所やタイミングについてこそ、AIに解析してもらうことが有効なのではないだろうか。こういったことを、科学的に検証して、一番スッキリと理に適った信号待ちのタイミングに、是非ともしてもらい。

実際に、これを国や自治体の予算として計上して行えば、莫大な費用がかかってしまうのかもしれない。しかし、これを大学で、大学生達にAI等で分析してもらい、研究として信号機の効率化を図ってもらえれば、一石二鳥なのではないかと思っている。

 

しかも、都道府県対抗や大学対抗で競ってもらい、非常に効果のあった取り組みを、文科省や経産省などが表彰するというようにすれば、様々な大学で実利に適った取り組みを作成していけるのではないだろうか。そして、そういった取り組みがニュース等で紹介されれば、各大学や各市町村の大きな宣伝にもなり、そしてもちろん、我々の住みやすいまちづくりにも直結していくことになる。

 

これらにより、不必要な渋滞が緩和されれば、こんな素晴らしいことはない。

今や、ドライブレコーダーもほとんどの車に取り付けられるようになり、自動運転やMaaS (Mobility as a Service:サービスとしての移動)と言ったことが話題にもなっている時代。ますますこれらを利用して、ビッグデータ解析を、住みやすいまちづくりや快適なドライブに、是非とも繋げていってもらいたいと思う。