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新型コロナウイルス肺炎によるパンデミックで、本当に中国・日本だけでなく、欧米にこれほど広範囲に、しかもこれ程急速に広がりをみせていくとは、ちょっと予想できなかった。

 

こういった感染拡大を防いでいくために、世界中で不要不急の外出自粛が叫ばれている。

このため、企業等のミーティングもテレビ会議等のオンラインで行われることの抵抗、閾値は急速に下がってきていると思われる。実際に、これを機に初めて使用してみたという方も多いのかもしれない。

 

私は、たまたまIBM時代に、社内でZoomが使えるようになり、その頃からちょこちょことミーティングで使うことがあった。

ただし、未だにホスト役は他の人にお願いして、自分はホスト役になったことはないのだが…。

その程度の、ビギナーレベルである。

 

ただ、この様なツールがなければ、ミーティングを含めた様々な業務を延期せざるを得なくなる。中には、強行してみんなで集まってミーティングを行うということも起こってしまうかもしれない。

そういった意味で、こういったオンライン・ミーティングができるツールは、こういった世界情勢の中では、本当に「渡りに船」である。

 

そして、本当は医療における診療でも、このオンラインによる「遠隔診療」は非常に有用であると思われる。特に病状の安定している患者さんが、毎月採血や聴診などを行う必要がない場合は、「遠隔診療」で十分なタイミングも少なからずある。

例えば、降圧薬や高脂血症治療薬だけの服用をしているような患者さんの場合、毎月通院していたとしても、薬だけもらいに行く「月」も頻回にある。そういった場合にWebを活用した「遠隔診療」で十分問題ない場合も、実際には多々あると考えられる。

さらに、高齢者の場合、家族が薬を取りに来られる場合も、以前から少なからず認められる。それであれば、むしろ「遠隔診療」で、Web上の画面であっても、高齢者の患者さん本人と会話できる方が良い場合もある。高齢であればあるほど、患者さんも顔なじみのドクターの顔が画面から見られれば、患者さんもその方が安心するのではないだろうか。

 

診療報酬的にも、実際の対面の診察とほとんど診療報酬点数は変わらなくなってきている。あとは、ドクター・医療者側の「食わず嫌い」を無くしていくことが重要ではないか。

 

開業医の先生方からすると、正直なところ、患者を他医療機関に取られてしまうと考えられている先生も多いと感じる。しかし、このように自前の患者さんに対応していくだけでも、充分に有効活用できると思う。

 

そして、実は「遠隔診療」であるからこそ、都心の患者さんを地方の開業医の先生方が診察するということも可能になる。

 

もちろん、IT活用ならではのセキュリティ対策は必要である。

実は、IBM社はとにかくこのITセキュリティ対策が極めて厳重であった。そのIBMがZoomを導入した時には、ちょっと驚いた。Zoomはそれくらいセキュリティ的に安全なものなのではないかと思う。ただ、簡単に録画できたりするので、遠隔診療中の動画を患者さんが無断で録画してしまうこともあるかもしれない。今後、そういった対策についても予め、検討していく必要はありそうだ。

 

しかし、こういった外出すること自体が感染リスクになっている状況など、世の中の状況は劇的に変化していっている。そういった時にこそ、新しく使えるツールについても上手に活用していかなければ、患者さんのために、より最善を尽くしていく上で必要ではないだろうか。そして、そういったことを何となく拒み続けていくことが、結果的に自医療機関だけが周りから取り残されてしまう。そういった厳しい時代に、日本の医療が変わりつつある状況ではないかとひしひしと感じる。

2月27日、東京都文京区の講道館で全日本柔道連盟の強化委員会が開かれ、男女12階級で柔道の東京五輪代表が決まった。委員を前にデータを示しながら理路整然と選考理由を説明していた男子代表の井上康生監督。だが、直後の記者会見で感極まって涙を流す一幕があった。

 

選手への期待を問われると「永山(竜樹)、橋本(壮市)……」と落選者を次々と挙げ、絶句。「今はぎりぎりで落ちた選手の顔しか浮かばない。全てをかけて闘ってくれた」と話すと顔をくしゃくしゃにした。

 

我に返って「一番やってはいけないことをやってしまった」と謝罪した指揮官。金メダルを狙える力がありながら五輪に臨めぬ者も出る。その思いも背負って闘うことを誓っていた。

 

こんな記者会見を見せつけられたら、選手たちは一様に今まで以上に気持ちが奮い立ったのではないだろうか。それは選ばれた選手も、選ばれなかった選手も同様であろう。

 

我々の世代からすれば、柔道の井上康生と言えば、歴代の日本を代表する花形選手の一人であり、結果もしっかり残してきた。

そういった王道を歩いてきた人だと、一般的に弱者の気持ちはあまり分からない人が多いような印象があるが、どうして井上監督は、これほどまでに選考に漏れた「敗者」に思いを寄せることができるのか。テレビでこの記者会見の報道を見ていて、少し不思議な気がした。僕ら一般人は知らない、「王者・井上康生」以外に、裏では非常に苦労してきた経歴でもあるのだろうか…。

 

ただ、この監督の下であれば、なお一層頑張ろうと思った選手は多かったと思し、そのことによって、オリンピックに向けて男子柔道チームがさらに一丸となって、ますますレベルアップしてくれるであろうと、我々ファンは期待が一層高まってくる。

 

東京オリンピックが来年に延期されることが決まり、代表選手そのものもどうなっていくのかすら不明瞭な状態であるので、選手たちは本当に色々な不安や思惑を感じながら日々練習を続けているのだと思う。

それでも、こういった監督の下であれば、どんな状況になろうと、必ずや素晴らしい結果を見事に残してくれると思う。

我々も、なお一層応援していきたい。

以前から、少し話しには聞いていたが、最近企業の採用活動にも、新たな変化が見られるようになってきた。それは喫煙者の排除。(日本経済新聞の2020年3月9日夕刊)

今年はさらに広がりそうな気配とのこと。

 

社員喫煙率ゼロを目指すファイザーは昨年、採用要件を見直し、喫煙の有無を採用活動中に確認。喫煙者は原則入社を断っているとのこと。

ファイザー社と言えば、禁煙補助薬のチャンピックスを製造・販売している会社だ。いわゆる禁煙外来で処方される薬で、この薬が発売されたお蔭で禁煙に成功する人が格段に増えた。

しかも、今までは努力と根性で無理やり禁煙を断行していた人も少なくなかったが、この薬剤のお蔭で、そういった努力や根性を振り絞らなくても、スーッと止められる人が続出した。

 

ただ、そういった薬を売っているのに、自社社員が喫煙していては意味がないということで、この様な採用要件に禁煙者必須という条件をつけた。これは、非常に素晴らしいことだと思う。

そうは言っても、ここまで踏み込んだ採用条件にしてしまうと、法律上、何かしら問題にならないのかと疑念を持ってしまうのは、私だけであろうか?

 

そしてこの春、SOMPOひまわり生命もの新卒採用者は「非喫煙者もしくは入社時点で喫煙されない人」

しか入社して来ない。「最終面接や内々定の告知の時にも口頭で念押ししました。内定承諾書にもその旨、明記しています。学生時代に喫煙していても、4月以降は全員非喫煙者です(経営企画部)」とのこと。

 

これらの背景には、改正健康増進法による規制強化がある。受動喫煙防止を目的にいよいよ今年4月から職場も原則屋内禁煙になる。規制強化を先取りし、就業時間の喫煙を就業規則で禁じる企業も増えている。企業の採用活動では、法律などの制約がなければ原則として「採用の自由」が認められているとのこと。社員に禁煙を求めるなら、採用段階から選別しようという判断しているらしい。

 

SCSK社は21年新卒採用から、内定者に卒煙治療サポートを提供するとのこと。会社を挙げて喫煙習慣見直しに取り組んでおり、就業規則で就業時間内の喫煙は禁止とする。自社オフィスに喫煙スペースはなし。採用段階でもその旨を学生に説明しており、喫煙者を選考から排除しないものの、禁煙を手助けしようという試みだそうだ。記事では「禁煙は経営上も会社に利点のある健康経営の一環です」と説明します。」と締めている。

 

さらにワンランク上の禁煙戦略が、企業を中心に広がってきていることを感じる。

 

 

蛇足だが、新型コロナ肺炎で大きく揺れるご時世であるが、とにかく咳をすると、恐ろしく周囲の人達からの拒絶の視線がお互いに気になる状況が続いている。

普段から、喫煙者は気管支の炎症を起こしやすく、風邪をひいていなくても、もしくは風邪が治った後も出続けている人が多い。そういった意味でも、このタイミングで禁煙することを促していくことも、我々医療者にとって大切なポイントかもしれない。

こんなご時世に、だいぶしょーもない話題で申し訳ない。

日本経済新聞の2020年2月28日関西地方版に、ちょっと気になってしまった記事があった。

タイトルは「「アメちゃん」配る印象の大阪 企業多いが消費は全国下位」というもの。

UHA味覚糖の「パインアメ」、「はちみつきんかんのど飴(あめ)」のノーベル製菓、金平糖の大阪糖菓等、大阪市には誰もが知っている飴会社が多く存在する。

そして、御多分に漏れず、関西育ちの僕も子供の頃はよく、近所のおばちゃん(敬意を込めた呼び名)達に「アメちゃん持っていき!」とか「アメちゃんあげよか!」などとよく声をかけてもらい、実際にアメちゃんを貰ってご機嫌になっていたことを今でも覚えている。

ご存知かもしれないが、昔からとにかく関西ではみんなが飴のことをアメちゃんと呼んでいた。

 

関西では、おばちゃん達はみんな例外なく、不思議なくらいアメの1つや2つ必ずバッグの中に入っていた。そして、それを惜しみもなく周りの人たち配っていた。それが、いい意味でのコミュニケーション手法となっていたと思う。やはり、アメを1つもらうだけでも、その場の雰囲気は和やかになることは多い。

そういえば、関西以外の女性陣もアメの1つや2つ必ずバッグの中に入っているのだろうか??

 

しかも、驚いたことに、実は大阪市はアメ購入額が全国でも低いとのこと。これは知らなかった。

「総務省によると、2016~18年の1世帯あたりの平均年間支出額は2047円と調査した52市のうち40位。堺市は2219円で17位、首位は2678円の大津市だった。」と報告している。

 

大阪のおばちゃん達は、バッグには入れているが、あまり普段は飴をなめたりしないのであろうか?

大津市が全国1位というのも、驚いた。特に大阪も京都も滋賀も、それほどアメの消費量に差があるとは、実感としてはイメージが湧かない。

それとも、大阪のおばちゃん達よりも、大津の女性陣はバッグの中にたくさんアメちゃんを入れているのだろうか?

今度、滋賀の友人に会ったら、是非聞いてみたいと思う…。

先日、亀田総合病院 名誉理事長である亀田俊忠先生のご講演を聴く機会があった。

学生時代から千葉にいながら、僕自身は一度も亀田総合病院に行ったことがなく、亀田病院の経営陣の先生方のお話しを聴くのも初めてであった。

もちろん有名な病院であり、僕の周りにも、亀田総合病院で働いたことがあるドクターは何人もいる。

地方病院には珍しく、斬新なアイデアを取り入れて、様々な腕利きのドクター達を集めていると言うことを聞いたことはあるが、実際に経営陣がどの様に考え、これまでどの様な経営されてきたのかは全然知らなかった。

 

そんな中で、幸いなことに今回、亀田総合病院の過去・現在・未来についてお話しをされた。

聴いていて驚いたことは、日本初のようなことが多々あったことである。この日本の中で、初めてのことをやろうとした時に「出る杭は打たれる」ことは、誰でも重々承知している。だからこそ、自分から始めるとアクションを起こそうとする人は、実際にはなかなかいないのが世の常である。

しかし、亀田先生等はそういったことを驚くほど恐れずに、やった方がよいと考えたことについては、周りの人にどれだけ馬鹿にされようとも、やり始めてきた歴史がある。そして、やはり必ず抵抗勢力に否定され続けるわけだが、そこでも怯まずに「できることは、何でもやる」という精神で、その難しい局面を何回も乗り越えてこられてきた。その気迫というものは、本当に凄まじいものを感じる。

 

しかし、ご講演をされている亀田俊忠先生を見ていると、どちらかと言うと気弱そうで、言葉を慎重に選ぶ方で、どこにそんな不屈の魂を持っておられるのか、不思議なくらいであった。

 

ただ、民間病院で初めて臨床研修医が研修できるようにしてきたり、当時のアメリカの最先端の医療技術を持っていた有名な病院をモデルに、オーシャンビューで患者さんの癒しに着目した病院やクリニックを、アメリカのコンサルタントに高額にもかかわらずお願いして建設したり、電子カルテをいち早く導入したりと、今では当たり前とされていることを、当たり前ではない時代に、採算度外視の状況でも率先して導入されてこられてきた。

 

そこで、亀田先生が仰っていたことは、まず最初に自分が思い描いていることのマスタープランを立てて、そこからその使命やヴィジョンを示し、これらを実現していくために、結果的には10年以上の年月をかけて実現していったとのこと。この先見の明と揺るがない信念は、本当に見習わなければいけないと感じた。

 

そして、今後は、地元の鴨川市とコラボレーションして、山間部のいわゆる僻地な地域に、小規模ではあるけれども入院施設も併設する家庭医・プライマリケアを実現していこうと考えているとのこと。家庭医は往診などを手厚くしてくれるが、こういった入院施設があれば、より手厚く、幅広いケアが行えることが考えられる。「これが、世界にまだない、日本流の理想的なモデルになっていくのでは」と仰っていたのが、非常に印象的であった。

それだけではなく、オンライン診療もできるようにし、さらに医療配達も行えるようにすることで、症状の安定している患者さんやその家族が通院等での負担を減らすことができ、かつ、医師の働き方改革につながっていくと考えられる。

そしてさらに、予防医療やポピュレーションアプローチも組み入れることによって、より地域の健康増進にも繋げようとしているとのこと。

 

今までは、病床数も大きな拠点病院が中心であったが、令和の時代は、上記で示したような「micro Hospital型」の医療機関群が、その時々のニーズに合わせながら細やかに時代に合わせながらモデルチェンジしていき、その地域の発展に柔軟に対応していくことを想定されているとのこと。

まさしく、地域医療で活躍されてきたドクターだからこその発想だと感じた。

 

少人数の医療スタッフで、柔軟に対応しながら、不足している部分については遠隔診療等で補っていく。そして、緊急時には、地域の大きな拠点病院に搬送することもできるようにしておけば、多くの地域で、これからも安心して暮らしていける人達が増えていくのではないかと思う。

世の中がこういう緊急事態になってきて、マスクやアルコール消毒液の入手困難が深刻化した時に、ティッシュペーパーやトイレットペーパーの買い占めも起こったりするのかなと、何となく思っていたが、実際に現実に起こってしまった。

 

デマと解っていても、買い占めてしまう。こういった緊急時の人間の真理が如実に現れた現象といえる。これが本当のパニック騒動の誘因になってしまったりすると、本当に危険な状態になることにも繋がりかねない。

 

とは言っても、「本当にトイレットペーパーは不足してないの?」と思ってしまうのも、多くの方が持っている疑念だと思う。

ちょうどそういった時に、面白い記事を見つけた。その記事は、2020年3月5日の日本経済新聞の静岡(地方)版の記事である。 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56373270U0A300C2L61000/

 

静岡県富士市エリアは、紙・パルプ・紙加工品の出荷額が国内首位で、主要な大手製紙工場がひしめいている。この記事はこのエリアの工場を取材していた。

記事によると、「昨年10月の増税後に余剰気味だった在庫と工場生産で十分対応できる量で、「供給面に問題はない」(担当者)とみている」とのこと。

何と実は、消費税増税直前の昨年9月に、トイレットペーパー等はかなり買い占められており、増税後の10月以降は在庫がダブついていたとのことらしい。

それを、よりにもよって「入手困難‼」といったデマが流れたことによって、在庫一掃セールと化してしまったことになる。こんな滑稽な話しも、こういったパンデミックの状態では深刻な社会現象となってしまうのである。

 

実際に、私が行かせてもらっている沼津市内の糖尿病内科クリニックの看護師さん達の情報によると、沼津市内の大きなホームセンターに、最近うず高くトイレットペーパーが積まれていて、大売り出ししていたとのこと。これこそ、富士の製紙工場から、大量の在庫が運ばれてきたということであろう。

 

ただ、どうしてもトイレットペーパーやティッシュペーパーは嵩張るため、一度に大量に運べないとのこと。このため、富士から遠い所ほど欠品が続きやすい状況になっているらしい。

 

この様な、裏話を知ることができれば、デマで扇動された不安感も拭うことができるのではないだろうか。そういった意味でも、正しい所から正しい情報をきちんと得るように心がけていくことが、やはりこういった緊急事態の際にこそ、より求められるという、教訓的な出来事であろう。

小・中・高校が一斉に休校になり、本格的に感染拡大予防対策が行われるようになってきた。

実際に、街中を歩いていても、驚くほど人通りが少ないこともしばしば見られる。

 

先日、月に1度の恵比寿駅周辺での仕事があった。10時からなので、それなりにゆっくり家を出られるのだが、いつも恵比寿駅に向かう山手線に乗ると、原宿・渋谷といった駅間では、ラッシュアワー時の混雑で、鞄も網棚に乗せることもできないくらい混雑している。このため、パソコンの入った重い鞄を前にしながら、ぎゅうぎゅう詰めの状態で、いつもブルーな気持ちになっていた。

しかし、先日は驚くような空き具合で、午後の閑散とした時間帯のような客数しか乗車していなかった。世の中では、できる限りテレワークを呼び掛けているが、本当にこんなに通勤・通学者が減ってしまうのだと、愕然とする思いであった。

ただ、そういった意味では、感染拡大予防としては非常に効果が出ているのではないかとも感じた。

 

また、感染拡大予防の基本としては、ご存知の通り手洗い・うがい・マスクとなるであろうが、実際の清潔操作は本当に難しいと思う。豪華客船内での感染拡大はそれを如実に示すこととなった。

我々医療者は、病院内で手術や手技を行う際に、厳格な清潔操作を求められる。このため、医学生・研修医時代からみっちりとトレーニングを何度も受けているのだが、意外にこの清潔操作を完ぺきにこなすことは、思っている以上に難しい。

 

豪華客船内で、厚生労働省の職員が2次感染した等とニュースで報じられているが、私としては「やはり」と思わず思ってしまった。それは、我々が病院内で何度も何度もトレーニングして身についてきた清潔操作を、医療者ではない公務員や従業員、そして高齢のお客さんすべてが、1度のミスもすることなく完璧に行わないと、あのような船内感染が広がってしまうことになる。

神戸大教授の先生も仰っていた様に、清潔区域と感染区域での、防護服の扱いなども、一般の方々にはなかなか理解が難しいと思う。

しかも、例えば清潔区域に防護服のまま入ってしまったり、はたまた何かの拍子に手すりを触ったりしてしまったとしても、その時は痛くも痒くもないので、ついつい清潔操作がルーズになってしまうこともあるかもしれない。

ただ、これがもっと感染力の強いエボラ出血熱などのウイルスであれば、2次感染でもっと重篤な状態になる人が出たりすることも考えられる。そういった意味では、今後、もう1度改めて感染区域に入った時の対応について、綿密なシミュレーション・訓練を行っていく必要がどうしてもあると思う。

 

今夏の東京オリンピックのことを考えると、どうしてもこの3月に様々なことを我慢しながら、感染拡大を防いでいく必要があると思う。このため、小・中・高校が一斉に休校になることは、やむを得ない、背に腹は代えられない国策であると考えられる。

ただ、これにより、生活に窮する人達も相当数出てきていることも事実であり、9年前の東日本大震災の時と同じように、みんなで助け合って、この困難な時期を何とか無事に脱することができるように協力し合っていきたいものである。

「社会は変えられる――世界が憧れる日本へ」(江崎禎英 著;国書刊行会)を読んだ。著者の肩書きは、以下の通りである。

岐阜県出身で平成元年に東京大学教養学部を卒業後、通商産業省に入省。日米通商問題に携わった後、大蔵省に出向し金融制度改革を担当。その後通商産業省にて資本市場改革、外為法改正に取組む。英国留学、EU(欧州委員会)勤務を経て、通商産業省に戻りIT政策を担当。この間、内閣官房にて個人情報保護法の立案に携わる。さらに、経済産業省にて、ものづくり政策、外国人労働者問題を担当し、平成17年から地球温暖化問題を担当。平成24年から生物化学産業課長として再生医療を巡る法制度の改革に携わったのち、ヘルスケア産業課長を経て、平成29年に商務・サービスグループ政策統括調整官及び内閣官房健康・医療戦略室次長に就任。平成30年から厚生労働省医政局統括調整官に併任。

 

こう書かれても、全くピンと来ないと思う。ただ、この本を読むと、これらの難題を縦割り行政の中、取り崩していき、実現化していったかということが、大変よく分かる内容になっている。こんな無謀な、そして意志を貫ける官僚が、現実にいるのかと疑ってしまうぐらいの迫力を感じ、圧倒される。

 

本文中に、「今でも時々、「どうしてあのような改革が実現できたのか」と尋ねられることも多いのですが、何か特別な方法があったわけではありません。ただ、それらに共通していることは、誰かがやらなければならない課題だと確信したことです。時には「越権行為」と非難され、もうダメだと諦めかけたことも多々ありました。それでもその課題を知ってしまった以上、何とかできないかと模索しているうちに、結果的に制度改革に辿り着いただけなのです。」「どの事例も周りからは「絶対に無理」と言われ、関係者からは口を出すことさえ迷惑がられたものばかりです。ただ、思い切って取り組んでみると、必ず応援してくれる人が現れました。万策尽きてもうダメかと思う度に、思いがけない所から救いの手が差し伸べられました。どの事例も最初から多くの賛同者がいたわけではありません。」

こんな文章を、自らの体験を基に書ける人が、今の時代にいるとは、正直思わなかった。しかもそれが、あまり無理をしないイメージが付きまとう国家公務員官僚であるとは…。ちょっと俄かには信じがたいと思ってしまう程である。

是非皆さんに、詳しくはこの本を手に取って一読してもらいたいと思う。

 

そして著者は、これからの時代、「医療の役割は「治す」から「導く」へ」とも述べている。

「社会環境が変わり人々の健康を維持する「予防」や「管理」への取り組みが基本になっても、医者の重要性は変わりません。一方で、いかなる時も「治す」だけを目指す医療は限界です。「治せない」のに治す努力を強いられる医療関係者も、治らないのに治ることを願って奔走する患者やその家族も共に不幸です。老化や生活習慣に起因する多くの疾患は薬や手術では「治せない」という現実を真摯に受け止め、医療の主たる目的を「予防」や「管理」へと移す時が来ています。」と語っている。これは、正に僕自身がやりたいと思っている医者の在り方と一致している。こういったスーパー官僚の方がこの様な国家ビジョンを持っておられるということは、本当に心強い限りである。

 

実は先月、ある私的な会で、思いがけず江崎さんと一緒に講演をさせていただく機会を得た。この本もその時に、直接ご紹介があり、直筆サインまでいただいた。

また、講演会で準備していたパソコンと江崎さんがご用意されていたスライドとの相性が上手くいかず、急遽私のパソコンを使用されることになった。講演終了後に、予防医学関連のスライドが非常にインパクトがあったので、厚かましいとは重々承知の上で、思い切って「あのスライド1枚、いただけないでしょうか?」とお願いをしてみた。すると、「どうぞ是非お使いください。」と仰って下さった。今後、「提供:江崎禎英氏」と書き加えて、講演会等で大事に使わせていただきたいと考えている。

 

通常であれば、「社会は変えられる――世界が憧れる日本へ」といったタイトルをつけてみたところで、実際には見かけ倒しのような内容であることが多い気がする。ただ、江崎氏の凄まじい行動力とそれに伴った大きな成果を知ってしまうと、不思議と、これからの日本もよい方向に向かっていってくれるのではないかと、明るい希望を持てるような気がしてくる。

先日、浜松町付近での仕事の帰りに、ちょうど時間ができたので久しぶりに足つぼマッサージに行ってみようと思った。以前からテレビのバラエティー番組で、罰ゲームとして手加減なしの足つぼマッサージを受けるといった場面もあるが、必ずと言っていいほど、この浜松町駅近くにあるマッサージ店の社長さんなんかがテレビに出てきていた。

 

先日は予約もせず、飛び込みで入った。本当に久しぶりだったので「実質初めて来たようなものです」と言ったが、名前と生年月日を聞かれて調べてもらったら、「2001年以来ですね」と言われた。確かにその頃は、隣駅付近に住んでおり、少し当時の頃を思い出したりした。そして、きちんと記録が残っているものなのだなと驚いた。

 

一時期、職場の自分のデスクにゴルフボールを2個常備し、毎日仕事をしながら靴を脱いで、ゴロゴロとゴルフボールの上に足を乗せて、セルフ足つぼマッサージをしていたことがあった。

最近は、産業医の仕事などで、異なる職場を日々転々としていることが多いこともあり、めっきりゴルフボールとはご無沙汰になっていた。

 

そういった意味で、最近は全くと言っていいほど足裏をほぐしていない状態であったにもかかわらず、突然、自分の気まぐれで足つぼマッサージに行ったものだから、とにかく絶望的に滅茶苦茶痛かった60分間であった…。痛くない箇所もあったが、とにかく痛い箇所は悲鳴が上がるほど痛い。その度に、「そこはどの部分に相当するのですか」と聞いてみたのだが、僕の場合、「小腸・大腸」が激痛、頭・首・肩・腰といったいわゆるVDT作業といった姿勢系の箇所も、ことごとく相当痛かった。マッサージをしてくれたお姉さんも、痛がる箇所があまりに分かりやすい箇所達であったので、苦笑いしていた。

 

翌日、大腸に相当する箇所はかなりの筋肉痛というか、もみ返しが強く、痛みが全然引いていなかった。ちょうど、自分のオフィスに来ていたので、試しにゴルフボールでゴロゴロとしてみたが、足裏中が筋肉痛の状態で、あまりに痛くて1分間も続けられなかった。今年はストレッチを重点ポイントとして、頑張ってやっていこうと年初に考えていたのだが、見事に三日坊主でサボってばかりいた罰が当たってしまった…(涙)。

 

これを機に、またストレッチやゴルフボールでのセルフ足つぼマッサージをこまめにしていこうと、改めて思った次第である。皆さんも、たまには足つぼマッサージに行ってみては如何⁉

「読書という荒野」(見城徹 著;幻冬舎)を読んでみた。ご存知の通り、幻冬舎社長自らが執筆した本である。見た目も厳つい印象があり、本のタイトルも荒々しい。そこから、それなりに気合の入った内容なのだろうなとは、誰しも思うであろうが、内容はその予想以上に「殺気」と言えるほどの迫力あるものであった。

 

本の表紙裏にも「読書の量が人生を決める。本を貪り読んで苦しい現実を切り拓け。苦しくなければ読書じゃない!」と、昭和の青春マンガ顔負けの気合の入り方である。

ただ、どうして著者がここまで読書、出版に対して心血を注いできたのか、それをカミングアウトするために、第1章では、自分の半生を振り返り、しかも、如何に自分が弱かったかが、実父との確執やいじめにあっていたことも含めて、赤裸々に書かれている。

見城氏は、静岡県清水市(現・静岡市清水区)の生まれ。先日、おなじ清水市出身の「ちびまる子ちゃん」の作者であるさくらももこ氏の本を読んだばかりであったので、この超ハードボイルドと超ゆるキャラとのギャップに、失礼ながらちょっと笑ってしまった(苦笑)。

 

さて、話しを元に戻すが、この本の中で、著者が影響を受けた本がたくさん紹介されている。そのほとんどが日本人作家の本である。僕自身、特に昭和の時代の作家の本は、あまり読んでいないことに気がつかされた。特に若い頃であったため、あまり難しい本は読もうとしなかったということもある。

 

ただ、この本を読んで、無性に読んでみたいと思わせられてしまった作者が何人かいる。

五木寛之、石原慎太郎、大江健三郎、中上健次などなど、名前はもちろん知っているが、作家としてどの様な本を書いているかは、お恥ずかしながらほとんど知らない。この中では「太陽の季節」を、それも途中まで学生時代に読んだことがある程度ではないだろうか。

 

著者が編集者として、これらの著名な作家に如何に本を書いてもらうか、そのアプローチ方法は想像を絶している。その迫力や熱量・熱意は、今の若い人達にどの様に伝わるのであろうか。

しかし、どうしてもやり遂げたいことがある時に、ここまでしてでも人を動かしていくということは、だんだん年を取るほどできなくなってくることである。僕自身の反省とともに、やはりこうやって熱い想いを持つことで成功している人もいるのだと言う、改心にもなる、よい機会になったと思う。

そして、久しぶりに昭和の日本文学を読む時間を作ろうと思った。