Blog

昨日、本当に読売ジャイアンツからドラフト5位で指名された。

本当に凄いことだと思うし、心から「おめでとう‼」と言いたい

 

早速、今朝、スポーツ新聞をと思い、客観的にどんな風に記事にされているのか気になり、日刊スポーツを買ってみた。

すると、「まずは野手で起用する方針」と、数行だけのコメントであった。

 

そこで、仕方が無いと思い、スポーツ報知を購入。

すると、裏表紙にどデカく(自動販売機よりも大きな)全身写真が載っていた。

 

全くの蛇足の話しだが、

  • 小5生の時にすでに僕とほぼ同じ身長だった。しかも、「超イケメン」で可愛らしい顔つきだった。背が高すぎて、今いち顔が分かり難いが、顔でも身長でも大谷には負けていない。あとは、野球で真っ向勝負を挑んでほしい。
  • 千葉県大会当時、バッタバッタと打者を次に三振に切って取っていたので、お母さんたちは「優斗さま~」と叫んでいた…。
  • 公式戦前日での練習で、守備練習のため、お父さん達全員が順番に打席に入って、エース秋広(小5)と対戦した。通常、ボーイズリーグでは、あまり父親達が直接的に練習には加わらないのかもしれないが、何せ10人程しか部員がいなかったので、やむを得ず参加することがあった。

僕自身も初打席。きれいに三遊間を破り、レフト前ヒットを打った。これが僕自身、硬式野球初安打であった。「将来、プロに行ったら、自慢できるわ」と、お父さんと盛り上がっていたが、いよいよその言葉が現実となってきた。

 

この少人数のチームであったため、小学校卒業後、みんな野球も高校もそれぞれ思い思いのところに散らばっていったにもかかわらず、完全に関係が切れることなく、今でもそれとなくコミュニケーションのやり取りが続いている。

 

今度は、このかつてのチームメイトとその家族たちで、プロ野球で活躍している姿をみんなで応援しに行くようなこともあるのであろうか。

実は、7月に書き上げてはいたのだが、ブログに載せるのをペンディングにしていた。

ただ、昨晩のTBS・ニュース23でも紹介されたようで(残念ながら、僕はもう寝てしまっていた…(涙))、いよいよドラフト候補として現実味を帯びてきた、一人の高校生をご紹介したい。

 

7月8日のサンケイスポーツ新聞に、「二松学舎にジャイアントな二刀流!2メートル秋広が高校通算22号「目標は大谷選手」」というタイトルの記事があった。

https://www.sanspo.com/baseball/news/20200708/hig20070805030001-n1.html

現在、プロ野球に身長200センチ以上の日本選手はいないとのこと。この二松学舎大付高(東東京)の200センチの長身右腕、秋広優人投手(3年)は、中学時代は肘や膝の成長痛で投手としては活躍できなかったが、昨秋から投手兼一塁手として、打っては4番を任されている。

兄・涼太君も同校OB(現・中央学院大3年)で、甲子園でも6番一塁手でヒットも打って活躍していた。小学生の時は、ボーイズリーグの日本代表として、元メジャーリーガーの野茂英雄氏が監督の下、キューバなど超強豪国と世界大会で試合にも出場していた。

実はこの秋広兄弟、僕の息子と同じチームメイトであった。兄は、息子の2学年上、弟は1学年下。

 

特に弟・優人君とは、息子が小6生の時にはまさにチームメイトとして、一緒に何試合も一緒にプレーしていた。当然、彼がエースでクリーンアップを打っていた。

実は、東日本大震災直後で専用練習場が無くなり、非常に大変な中、メンバーも全員で10数人しかいない、本当にファミリーのようなチームであった。ただ、このスモールメンバーで千葉県代表になり、全国大会に出て、大阪のチームと試合ができたのも、物凄く良い思い出だ。

 

その後、結局そのチームは人数不足で解散。ただ、そんなスモールメンバーのチームだったので、お互い家族全員が知り合い同士で仲が良かった。7月の記事も、直接秋広家から教えてもらった。

 

記事によると、「類を見ない角度に加え、球速も投げる度にアップする成長に、プロ球団も注目。この日はソフトバンク、楽天、ロッテ、巨人、広島、ヤクルトの6球団のスカウトが視察。その中で最速143キロをマークした」とのこと。

小学校から、中学・高校と決して順風満帆に来たわけではない苦労人だけに、なおさら「二刀流」とは簡単にいかないかもしれないが、是非、プロ野球で大活躍してほしい。26日が注目される。

 

先月23日の日本経済新聞朝刊に、気になる記事が掲載されていた。

高齢医師が老いた住民を診る「老老医療」が増えとのこと。そして、日本経済新聞の分析によると「大都市圏では2026年までの10年間に後期高齢者1人あたり診療時間は2割減少。医師の不足感が過疎地並みになる地域が2割に達しそうだ。遠隔診療の普及など医療の生産性を高める対策が必要だ。」と書かれている。

秋田県内では「大館市や鹿角市など3市町がひとつの医療圏。住民の36%が65歳以上で、医師の3分の1が60歳以上だ。10年前から開業医は3割減った。新型コロナウイルスが追い打ちをかけ、この病院では残業が増えた。」

ただ、「全国で医師が減っているわけではない。医師数は18年で32万7千人と10年間で14%増えた。ただ、医師に定年がない要素が大きく、59歳以下はわずか5%増。男性医師の平均勤務時間は40代の週70時間超から60代は50時間台に減る。かたや75歳以上の後期高齢者は受診回数が急増する。医師の年齢や勤務時間を考慮すると、高齢化が加速する大都市も厳しくなる。」とのこと。

 

正直、都心部で生活されている人達や医師でさえ、このニュアンスは伝わりにくいかもしれない。

ただ、僕自身、伊豆長岡の大学分院で勤務していた時に、伊豆半島で新規開業したという話しはほとんど聞かなかった。一方で、高齢医師が体調を崩し、閉院するといったことは、毎年一度は耳にしていた。

それくらい、地方、特に僻地になればなるほど、若いドクター達が新天地でクリニックを開業するといったことは、すでにほとんどなくなってきている。しかも、既存の病院からも常勤医は徐々に徐々に減少し続けている。

 

国は、地域医療構想を念頭に、「医師の働き方改革」の最終ゴールとして、地方にもきちんと必要な医師が配置されていくよう施策をうち始めている。ただ、現実はそれとは逆行して、地方の医療崩壊が進んできていることが、今回の記事からも伺われる。

これから5~10年すると、急激に女性医師が増え、男性医師が減っていく。現在の地方医療を支えている医師が圧倒的に男性医師であることを考えると、日本の医療の将来を考えていく上で、かなり踏み込んだ政策等の取り組みを行っていかなければ、この負のスパイラルを正のスパイラルに180度転換させていくことは容易でない。

 

ただ、悲観的なことばかりを言っていても仕方がないし、実際に病院全体でコミュニケーションを積極的に取ることによって、打開策を上手に図っている病院も全国でチラホラ見受けられ始めている。

こういった取り組みをされている病院について、今後、徐々にこのブログでもご紹介させていただけたらと考えている。

 

昨年の本だが、「職場における性別ダイバーシティの心理的影響」(正木郁太郎著;東京大学出版会)を読んだ。

 

「働き方改革」を行っていく上で、どれだけ「多様な人が協働しやすい環境づくり」を提供できるかが重要になってきている。そこには、もちろん女性の活躍できる場をきちんと提供することも必要であるし、子育て世代のサポートやシニア世代の就業継続等についても、今まで以上に日本国内において積極的に取り組んで行かなければならない方策はたくさんある。

 

ただ一方で、「そもそも多様な人が協働することは組織に何をもたらすのか?」「多様な人が協働する組織ではどのようなマネジメントが有効か?」といった、企業にとって重要なダイバーシティ・マネジメントに関するエビデンスについては、欧米に比べ、日本の中ではまだまだ明確な結論といったものが示されていなかった。

このため、この本では特に性別にフォーカスを当てながら、日本の企業などで働く人達に様々なアンケート調査を行い、学術的な統計解析を行い、日本型の「ダイバーシティ・マネジメント」とはどの様な特徴があり、どうすればこの様な風土醸成ができるかを探っていった結果が示されている。

 

その具体的な実践的示唆が2つなされている。

まずは、当たり前のようだが、各会社によってかなり事情が違っているということである。それは、日本の中で「職場におけるダイバーシティ」は、今まさに過渡期にいるということが伺える。例えば、外資系企業やグローバル企業では、日本国内であっても女性役員数が増え、ダイバーシティの風土はかなり確立されていたりする。しかし一方で、未だに男女機会均等でなかったり、男女の意識の平等さの低い、日本特有の年功序列の体質が強い企業もまだまだ存在する。

 

このため、アメリカで得られた結果の「直輸入」には弊害もあるということ。

確かに、海外で実証されたインクルージョンの重要性が日本でも有効な企業はある。

インクルージョン(inclusion)とは、直訳すると包括・包含という意味となるが、包括は全体をまとめること、包含は包み込む・中に含むことを指すようだ。ビジネスに当てはめると企業内すべての従業員が仕事に参画する機会を持ち、それぞれの経験や能力、考え方が認められ活かされている状態とのこと。

先程の外資系企業やグローバル企業では、今さら「男女平等」を唱える施策をうっても職場内は白けてしまうだけである。

一方で、いわゆる日本的体質が強い企業においては、女性のモチベーションや情緒的コミットメントが男性に比べて低い調査結果も出ている。そういった企業で、いきなり男女を等しく処遇し、平等な関与を求めると、かえって既存の強い性差や性役割分業の存在と競合し、両者の協働を難しくすることがあるとのこと。従って、かなり丁寧に初歩的なダイバーシティ・マネジメントを行っていく必要があるとも考察している。

 

令和の時代は、ダイバーシティやSDGsがかなり強く求められる時代になってきているが、実際には企業や組織によって進展具合はまちまちであるため、その状態・レベルにあったオーダーメイドな対策を取っていくことが、企業や組織の発展・イメージアップのためには大切であるということが、学術的にも分かってきたということであろう。

 

 

4年前の本だが、「規制の虜―グループシンクが日本を滅ぼす」(黒川清著;講談社)を読んでみた。

 

率直に、予想以上にクオリティの高い内容で驚いた。正直読む前は、医者が原子力発電のことを書いて、きちんと理解しているのか等といった懸念があった。しかし、ある意味、専門家やマスコミでの報道よりも論理的かつ科学的に、我々日本人が、今後どの様にこの原発事故について向き合っていけばよいかといったことを、前向きに考えさせてくれる内容であった。

 

ただ、医者であれば誰でもこの様な内容の本が書けるかと言えば、それはもちろん全く容易いものではない。これは、そもそも黒川先生が日本を代表する医学博士であり、かつ素晴らしくグローバルな視野の広さをもっておられたからこそ、成し得た業なのであろう。

 

まず、著者は2011年の東日本大震災における原発事故発生当時、報道がされ始めた直後から、海外のメディアや有識者のコメントなどを拾い集めていかれた。すると、日本の中で報道されている情報とは異なる報道や、日本が直ちに取るべき対策などが、海外の情報をチェックすることによって、明確になってきたとのこと。

そして、このままでは日本が世界から信用を失ってしまう可能性も十分に考えられるため、政府から独立した国際的な調査委員会を立ち上げ、福島第一原発でいったい何が起きたのかを検証し、そのプロセスを世界に公開することで、この不幸な事故の教訓を世界の共有財産にして、日本国家の信用失墜を最小限にし、解消していくことが必要であると考えられた。このため、全米科学アカデミー等とメールで意見交換を始めたそうだ。それが、なんと3月15日頃の時点での話しだという。

ここまででも、一般人とは全く異なった視点で原発事故を見ておられた、そのレベルの高さがよく分かり、読者はその凄さに圧倒されてしまう。

 

海外では、国を揺るがす大事故や大事件が起きた時に、立法府(国会)が独立した調査委員会を作るのが当然のプロセスなのだそうだ。ところが日本では憲政史上、こうした委員会が設立されたことは一度もないとのこと。後日談で、この「国会事故調査委員会は日本憲政史上初」ということを先進国各国で知られるようになると、一様に信じられないといった反応が返ってきたらしい。ちなみに、イギリスでは年に2~3の重要な案件についての独立調査委員会が進行しているとのこと。

 

日本の中で、前例のないこと自体を立ち上げることの難しさは、みなさんもよくご存知の通りだ。

しかも、この事故調委員会は、おおむね半年間という制約があり、しかも、勤務形態や給与の支払い、セキュリティの管理まで、全く手探り状態で始めなければならないという、これを聞いただけでも、とても成しえないようなプロジェクトへの挑戦であった。

 

しかし、実際に現地視察や、東電や政府要人などに対してのヒアリングも行い、それを報告書としてまとめていった。しかも、黒川先生の凄いところは、この報告書には委員全員がサインをし、英語版まで作成したことである。全員がサインをしたということは、全員が納得するまで議論を重ね、質の高い査読がなされ、修正を根気よく繰り返したからこそできることではないかと思う。しかも、その内容が諸外国の人達にも分かるように英語版まで作成し、グローバルにオープンにしたことも、その品質の高さに自信がなければ決してできないことだと思う。しかも、委員会での議論や参考人聴取の様子や記者会見なども動画で公開されている。

 

1936年生まれという、一般的にはご高齢な年齢とは裏腹に、若い年齢の我々よりも、新しいことにチャレンジし、「出る杭は打たれる」ことを買って出て、原発事故という、本当にデリケートな問題にも果敢に挑んでいかれる姿は、本当に尊敬に値するし、我々も大いに見習わなければならない。

今場所、横綱不在であったため、大関陣の圧倒的有利な場所になるかと思ったが、意外にも関脇以下の力士の活躍が目立った場所となった。

 

そして、優勝したのは正代。未完の大器と言われながら、今年もなかなか優勝まで手が届かず、どうなるかと思っていたが、今場所は見事に力があることを示してくれた。特に、14日目の朝乃山との一番。立ち合いで大関が浮き上がったほどの当たりの強さは、非常に見応えがあった。

 

 

何を突然、相撲の話しと驚かれる方もおられるかもしれないが、一応、子供の頃から大相撲は好きで、各取り組みの「決まり手」は95%程度的中できるくらいの相撲の知識もあるのです。

 

実は、特に相撲好きを決定づけたのは、ある遠い親戚がかつて時津風部屋の後援会長をしており、小学生の頃に何度か大阪場所に連れて行ってくれたことにも起因している。

祖母の妹の旦那さんという人だったのだが、僕の通っていた中学校の傍に住んでいて、家はそれほど離れていなかった。血も繋がっていなかった訳だが、意外にウマが合って、よくかわいがってもらった。

初めて連れて行ってもらった本場所は初日だったと思うが、二代目若乃花が横綱で、結びの一番で負けてしまい、升席から座布団を投げたことが、今でも非常に印象に残っている。場内、割れんばかりの歓声が上がり、凄い高揚感であった。

 

ただ、時津風部屋はというと、当時、強い力士がおらず、僕としては何となく納得がいかなかった。父親に聞くと「伝統ある部屋で、昔は強かった」とのこと。

僕が物心ついた時には、大関豊山はすでにおらず、イケメン蔵間や小結豊山はいたが、優勝争いをするようなレベルまでの強さはなかった。

 

その後も低迷期は続き、挙句の果てには暴行事件・野球賭博事件・新型コロナウイルス感染対策ガイドライン規律違反と、何とも不祥事ばかりで一般人にはその名を知られるところとなってしまった。もうこれで浮上のきっかけすら無くなってしまったかと思っていたところに、今回の正代の優勝に大関昇進。何と時津風部屋としては、北葉山以来57年ぶりの優勝とのこと。

 

正代というと、仏頂面で一見ふてぶてしそうだが、コメントが以外にも肝っ玉が小さい感じで、そのギャップに驚かされる。NHKでテレビ中継を見ていると、SNS上で正代(まさよ~)と呼ばれたりして、ちょっと面白い。

ただ、真正面からぶつかっていく力強い四つ相撲を取るし、熊本復興のシンボルともなっているので、是非、これから大関・横綱として長く活躍してもらいたい。

 

今月14日の日本経済新聞夕刊にて、「学校のウサギ もう飼えない 働き方改革で教員頼れず、地域ぐるみで世話模索も」という記事があった。

「ウサギの世話で土日も学校に通わなければならず、体力的につらい」とのコメントもあった。このため、「教員の負担軽減のために飼育をやめる学校が相次いでいるという。児童らが命の大切さを学ぶ貴重な場所でもある校庭の小屋。教員に頼らず、飼育を続けることはできないか、地域を巻き込んで模索する動きも出ている」とのこと。

 

もちろん、子供達に生き物の大切さを伝えることは、情操教育の上で非常に重要な要素の一つであると言える。

しかし一方で、文部科学省は昨年1月、教員の残業の上限を月45時間とするガイドラインを示している。そういった中で、本来の業務だけでも達成が難しいところに、週末の生き物の世話まで教員たちに任せっきりにしておくのは、今の時代、無理であろう。

 

今後、部活動やこういった生き物の世話といった、広い意味での課外活動の運営方法の見直しを、大幅に行っていく必要があると言える。

ただ、なかなか収益に繋がるようなものではなく、そうかと言って、子供達のためには是非、こういった課外活動を継続いってもらいたいという思いもある。

 

そういった意味では、今までのように何でもかんでも教師の方々に押しつけてきた業務を、地域や学生ボランティアといった、新たな役割を担ってくれる人達を受け入れて、上手に継続的な運営が行っていけるように、各地域で真剣に考えていく必要があると思う。

そして、実際にそういった活動が、各地域でも広がりを見せつつもあるようだ。

 

こういった観点から見ていくと、学校の先生の働き方改革は、もしかしたら「医師の働き方改革」よりも

大変なのかもしれない。だからこそ、これからは様々な形でサポートしていくことを考えていく必要があると思う。

今月15日の日本経済新聞夕刊にて、「米1~6月のレコード売上高、CD超える 巣ごもり 家でじっくり鑑賞」という記事があった。

「米国で2020年1~6月期のレコードの売上高が1980年代以降で初めてCDを上回った。音楽配信サービスの普及でCDの販売が低迷する一方、新型コロナウイルス禍で家庭でレコードをかける人が増えている」とのこと。

 

21世紀になって、こんな現象が起こるとは、誰が想像しただろうか?

確かにCDが1980年代に席巻し、レコードをものすごい勢いで抜き去っていった時は、やはり「一抹の寂しさ」を感じたものだ。

そして、初めてCDを聴いた時に、レコードに比べ、どことなく冷たい他人行儀な音の印象を受けたことを今でも覚えている。

 

当時、僕は高校生で、吹奏楽部の部員達と喧々諤々、「レコードか、それともCDか」といった熱い議論をしていた。

やはり、両者ともに、メリット・デメリットがあり、一長一短であったのだが、結果的には小さくて便利なCDがレコードを凌駕していった。

 

当時は、あまりよく分かっていなかったが、CDはレコードよりも録音されている音域が狭く、それが聴いていて、音の深みを感じさせず、何となく他人行儀なよそよそしい音楽として感じられてしまう原因になっていたということのようだ。

 

ただ、時代はさらに大きく変化し、記事によると、

「CDの販売が減少している最大の要因は、音楽配信サービスの普及だ。消費者はCDを購入せずに、音楽を聴くようになっている。配信サービスは20年1~6月に12%増え、売上高は47億9700万ドルと楽曲全体の約85%を占めた」とのこと。

 

確かに、今や音楽配信サービスであれば、スマホの中にどんどん楽曲を入れていくことができ、CDを大量に保管する必要すらなくなってしまった。しかも、ハイレゾで聴けたりして、CDよりも音質が格段に良くもなっている。

 

ただ一方で、レコードの売り上げが伸びてきていることも驚きである。

もちろん、DJ達の活躍によるレコード消費も大きいと思う。それに加えて、おじさん達の「かつての音楽をもう一度レコードで」という思いの、思いの外熱い思いがあることが、この数字を見て感じられる。

やはり、80年代までの音楽は、僕自身も少々面倒くさくても「時にはレコードで聴きたい」と思ってしまう。

 

実は、僕の家にもレコードプレーヤーがしまってあると思う。引っ越して来た時にレコード針を歪めてしまって以来、使わなくなってしまった。レコードも何枚かは残っているので、この記事を読んでしまうと、いよいよ自分も「巣ごもり用」にレコード針を買いに行こうかという気になってきた。

 

新型コロナウイルス感染症の影響で、奇しくも日本においても在宅勤務やテレワークが急激に常識となってきており、それに伴い、企業内での評価方法もこれに合わせて変化をせざるを得ない状況に急速に変わりつつある。

 

在宅勤務やテレワークが進めば、毎日決まった時間に出勤する必要もなくなり、別に残業しなくても、効率よく成果をしっかりと上げていけば、自身の評価が高まるという社内環境に大きく変化が起こってきている。

 

こうなると自然に、年功序列の必要性はなくなり、優秀であれば年齢に関係なくどんどん登用され、その職務に対して評価や値段が決まっていくスタイルに変化していく。

これを、「ジョブ型」の働き方と言うそうだ。

 

では、これまでの日本特有の年功序列の働き方はと言うと「メンバーシップ型」と呼ぶらしい。今回、私自身は初めてこの呼び方を知った。

「入社時の雇用契約は、会社の一員になる資格(メンバーシップ)を得る意味があります。職務を限定せず、様々な仕事を経験することで能力が向上するという考え方を採っています。勤続年数をもとに昇給する年功型の賃金制度にもこの考え方が表れています。企業にとっては長期的な視点で社員を育成できる利点があります」(日経新聞2020年8月17日夕刊)。

 

高度経済成長期のような、どんどん経済の発展とともに会社員の給与も倍増していくような時代では、この「メンバーシップ型」の雇用体系は非常に上手く機能していた。

しかし、バブル崩壊後の日本にあって、爆発的に経済が発展していくこともなくなってしまい、国民みんなの所得が倍増するようなことも望めなくなった。

そこに、今までにないくらいの激変していく時代の流れも加わり、年長者であれば必ずしも成果を上げられるというような労働環境では全くなくなってしまった。むしろ、時代の変化に置いてきぼりにされ、「老害」であると、若い人達から後ろ指を指される市中も増えてきているのかもしれない。

 

さらに、女性の活躍や副業の推進などといったダイバーシティも加わり、今や「メンバーシップ型」の雇用体系は、今や非常にやっかいな足かせでさえあると感じている企業も少なからずあるのではないか。

 

これからの時代、優秀でやる気のある若い人が評価される会社でないと、あっという間に本気で「ジョブ型」の働き方で高く評価される企業に、そういった人材はどんどんと流れて行ってしまう。

そういったスピード感がなければ、むしろ大手企業であることの方がこの大変革の波に乗ることができず、弊害ばかりが露出して、経営が一層難しくなっていく、そういった時代に差しかかってきているとも言える。

 

新型コロナウイルス感染症が、この時代の急速な流れを一層早めたことは、間違いない。

今月2日の日本経済新聞夕刊に、気になる記事が載っていた。

最近、医療機関が運営するメディカルフィットネスが注目されているとのこと。

 

岩手医科大学附属病院の敷地内にも、専門的な各分野の民間組織と矢巾町がつながり、矢巾町の健康のために、メディカルフィットネスウェルベース矢巾という施設が誕生し、産学官がコラボした全国初のメディカルフィットネスジムということも、最近話題になっていた。

これは、町民や学生、そして健康チャレンジ事業に参加するか否か等で月額料金が変わってくる。健康増進にも貢献することとなり、非常に今時なスタイルであると思う。

 

私自身、順天堂医院勤務だった頃は、病院内にある健康スポーツ室に出向という形で5年以上勤務していた。このため、メディカルフィットネスの有用性と将来性については、以前よりずっと非常に強く感じている。

ただ、この健康スポーツ室は、都心の病院の建物内にある施設であったため、あまり広いスペースではなかった。このため、糖尿病教育入院患者や心臓リハビリ患者さん、そして特別会員の方といった、かなり限定された人しか使用できなかった。

しかし、医師の処方箋に基づき、順天堂大学スポーツ健康科学部の大学院で運動生理学を学んだスポーツトレーナーが、個別で運動指導を行ってくれるため、一人一人の患者さんにあったオーダーメイドでかなりクオリティの高い指導を行うことができていた。

 

話を戻すが、やはり、メディカルフィットネスの有用性は、一般のスポーツジムとは異なり、医師の処方箋に基づき、医師や看護師といった医療専門職の監修の中、安全にかつ、その人に合った運動法を指導してくれる施設であるのが特徴と言える。

これからどんどん高齢化が進むにつれ、高齢者の健康不安が指摘されるが、疾患を抱えた高齢者にとって、安易に一般のスポーツジムに行くことは、思わぬ事故になる可能性も秘めている。このため、こういった医学的な裏付けのある運動施設のニーズは非常に高いといえる。

 

また、「医師の働き方改革」の観点から言っても、今後、地域の医療を支えていくため、地方の病院では医療保険外の収入を増やしていく必要がある。この医療保険外の収入を得て、かつ、地域の住民の方々にも喜ばれることの1つに、「予防医学」が挙げられると思う。

メディカルフィットネスであれば、1次予防対策だけでなく、疾患を抱えた高齢者の2次予防対策にも極めて有用な手段となってくれる。

そして、そういった「元気で健康な状態を維持させてくれる病院」であれば、地域住民の方々にとっても、これからも安心してずっと通院し続けられる頼りになる病院ということにもなっていく。

 

そういった意味で、これからメディカルフィットネスが地域医療の活性化の起爆剤となってくれることを願う。

そしてさらに、メディカルフィットネスを利用して、地域の住民の方々が実際に健康で生き生きと暮らし続けることができれば、自然と地域の活性化にも結び付いていくと思う。そういった地域が日本各地にどんどん増えていくことが、これからの日本には強く望まれる。