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今年の桜は非常に長く満開の状態が続いている。

しかし、それを知ってか知らずか、話題にする人が非常に少ない印象である。

もちろん、それは新型コロナウイルス感染症のため、東京近郊では花見も徹底的に自粛となっているからに他ならない。そういった意味では、話題にするのが憚られる雰囲気になっているというのが、正確なのかもしれない。

 

今年はこの時期に、たまたま市ヶ谷-四谷付近のお濠の辺りや、日本橋-八重洲周辺などを日中に移動していることもあるので、静かに咲き誇っている満開の桜を随所に見かけることが多い。

しかし、例年と違って、立ち止まってゆっくり桜を眺めている人をあまり見かけない気がする。それは、やはり外国人観光客をほとんど全く見かけないことも、桜の木を写真に収めたりするといった光景を見かけないことの、大きな理由かもしれない。それだけでなく、とにかく東京都心部にも拘わらず、極めて人通りが非常に少なく、本当に閑散としている。

 

そうすると、桜の木の傍を通り過ぎる度に、そういうことがより一層気になってしまう。

こういった光景は、桜にとっても、我々にとっても、本当にお互いに気の毒な状態と言える。

 

そして、気のせいか、今年の桜の花は例年よりもピンクが薄く、白さが際立っているような気がする。

それは、僕が今までしっかり桜を眺めてこなかったことによる、ただの無知なだけなのかもしれない。ソメイヨシノなどは、毎年こんな色で咲き誇っていたのかもしれない。

ただ、その白さが際立った花びらが、より寂しさをも際立たせているような気がしてならない。

そして、なかなか散っていかないのは、見向きもされない桜の意地なのであろうか。

 

このコロナ騒動は、なかなか収束してくれず、むしろこれからさらに深刻さを増すかもしれない可能性すらある。本来であれば春の訪れを告げる華やかなイベントであるだけに、この日本中・世界中が疲弊しているこのご時世、より一層侘しさみたいなものを感じざるを得ない。

今年の桜は、そういった意味で、後々忘れられない風景の一つになりそうだ。

今年ほど、エイプリルフールの日にジョークを言い難い年は無いと思う。

フェイクニュースが散発的に出ている中、どれがフェイクでどれがジョークなのか、まったく判断がつけられなくなっている。

 

そんな中、しょーもない話なのだが、エイプリルフールのジョークかと思えるような出来事があった。

 

僕の自宅から最寄り駅まで2㎞弱ほどの距離なのだが、この近距離区間は、地元の路線バスが現金であれば100円という独自の割引サービスを長年行っている。

特に帰宅時は坂道を上る必要があるため、ついつい歩かずにバスを利用してしまっている。あれだけ糖尿病外来中は、患者さんに「コマめに歩くようにしましょう」と言っておきながら…。

 

ただ、現金である必要があるので、時々小銭が無くて、バス車内で両替することもある。

昨晩、ちょうど小銭が無く、バス車内で両替したところ、(しょーもない話しなのだが)ちょっと驚く事態が生じた。

500円玉を両替して、100円玉や10円玉がジャラジャラと出てきたのだが、それらの小銭を掴んだ時に、触り慣れない感触の小さなコインがあった。これは何だとよく見てみると、1円玉よりも小さく、ただ100円玉よりも分厚めのコインであった。スロットマシーンのコインにしては小さすぎるし、他国のコインでもなさそうであった。

このため、慌てて運転士さんに「両替をしたら、こんなコインが出てきました」と言ったところ、運転士さんも不思議そうにそのコインを見て、「そんなのが出てきたんですね」と心当たりがなさそうであった。

どうも50円玉の代わりとして、このコインが出てきたようなのだが、あれは一体どうやって紛れ込んできたのであろうか?

一瞬、このバス会社のみで使えるコインなのかとも思ったが、どうもそうでは無さそうであった。

運転士さんは、一応こちらを疑う訳でもなく、この小さなコインと引き換えに50円を渡してくれた。

ただ、久しぶりに狐にでもつままれた様な瞬間であった。令和の時代に、こんなアナログなミスがあるのであろうか?

自分として、は未だにちょっとこの出来事の理由付けができないでいる。

どうやって、あのコインは紛れ込んできたの??

 

どなたか、この不思議な出来事に何か説明をつけられる方はおられますか?

2020年3月17日の日本経済新聞夕刊で、ちょっと気になる記事があった。

それは「学校で着る服 個性尊重 私服で登校OKの日/TPOを学ぶ機会に ルール見直しの動き」という記事だ。

 

最近は、「着用ルールを見直す動きが中学校や高校の現場で広がってきた。私服で登校できる「カジュアルデー」を設けたり、性的少数者(LGBTなど)らに配慮し、本人の望む性に適した服装を選びやすくしたり。学校などには生徒の自主性を育み、個性や多様性を尊重するきっかけにしようとする狙いがある。」とのこと。

 

昭和の時代、あれだけ規則・規則で雁字搦め(がんじがらめ)だった日本の学校が、「個性尊重」「多様性」を認めるようになり始め、令和の時代になり日本の学校もいよいよ流れが変わり始めていることを感じさせる内容だ。

やはり高度成長期のように、上司や経営陣の言う通りにさえやっていれば、会社は成長し、給料も上がる時代であれば、ああいった規則を守ることもある程度大切だったのかもしれない。

しかし今や、大きい会社ほど雁字搦めで動きが取りにくいことも多く、当時のように、大きくて有名な会社がよい会社と単純に言えない時代になってきている。

そういった意味では、学校でも今の時代は、みんなと同じ格好をしていることが、決して良い時代ではなく、自分の特徴・個性をアピールすることが求められるようになって来ているのではないだろうか。

このため、私服で登校できる「カジュアルデー」を設けたり、LGBTに配慮したりと、本人達の望む服装を選びやすくする試みも、子供達にとって非常に大切であると言える。

 

ただ、実は毎日私服で登校となると、それはそれでかなり大変なことになる。

何を隠そう、僕が通っていた中学校は制服が無く、全員私服だった。公立中学で私服だったのは、全国でも数校しかなかったらしい。

小学校も制服などなく、幼稚園も私服だったので、生まれてこの方、一度も着ずに義務教育まで終えてしまった。

ただ、特に中学校時代、服選びは結構大変だった。シーズンが変われば服も変わる。思春期なので流行も追いたくなるので、その度にちょこちょこ四条河原町界隈に繰り出しては、みんなで服を買いに行ったりもしていた。なので、もちろんお金もかかった。

それが、高校に入って制服(学ラン)になったので、パタッと服を買わなくなった。あのつめ入りの学生服の窮屈さや、毎日同じ格好でのつまらさも少し感じたが、部活も忙しかったし、男子校であったので、本当に気楽であった。元来ズボラな性格なので、本当に高校3年間は服を買うこともめっきり無くなってしまった。

 

実は、京都市内の公立高校でも私服の学校があり、そこに進学した人間は、一生制服を着ることがない奴もいた。それがよいのか悪いのか…。

 

ただ、最近の取り組みのように、普段は男女ともに制服着用がルールだが、月1~2回、私服でよいカジュアルデーを設けるような頻度から始めていくのは、非常に良いと思う。

 

そして、頭髪検査もある程度緩やかにし、靴の指定も無くしていくことも、同時に是非取り入れていってもらいたい。

昨今、社会人に対しスニーカー通勤が推奨されているが、中・高校生こそ、スニーカー通学を推奨すべきだと感じる。革靴・ローファーだと、ちょっと走ったり、運動しようと思っても、とにかくすぐに脱げてしまったり、汚れるのが嫌で動くのがかなり億劫になってしまう。

10代のうちは、基本的には革靴は履かせずに、靴から運動がしやすいように環境を整えてあげることが、この運動不足の時代には大切な要素のひとつであると、私は考える。

新型コロナウイルス肺炎によるパンデミックで、本当に中国・日本だけでなく、欧米にこれほど広範囲に、しかもこれ程急速に広がりをみせていくとは、ちょっと予想できなかった。

 

こういった感染拡大を防いでいくために、世界中で不要不急の外出自粛が叫ばれている。

このため、企業等のミーティングもテレビ会議等のオンラインで行われることの抵抗、閾値は急速に下がってきていると思われる。実際に、これを機に初めて使用してみたという方も多いのかもしれない。

 

私は、たまたまIBM時代に、社内でZoomが使えるようになり、その頃からちょこちょことミーティングで使うことがあった。

ただし、未だにホスト役は他の人にお願いして、自分はホスト役になったことはないのだが…。

その程度の、ビギナーレベルである。

 

ただ、この様なツールがなければ、ミーティングを含めた様々な業務を延期せざるを得なくなる。中には、強行してみんなで集まってミーティングを行うということも起こってしまうかもしれない。

そういった意味で、こういったオンライン・ミーティングができるツールは、こういった世界情勢の中では、本当に「渡りに船」である。

 

そして、本当は医療における診療でも、このオンラインによる「遠隔診療」は非常に有用であると思われる。特に病状の安定している患者さんが、毎月採血や聴診などを行う必要がない場合は、「遠隔診療」で十分なタイミングも少なからずある。

例えば、降圧薬や高脂血症治療薬だけの服用をしているような患者さんの場合、毎月通院していたとしても、薬だけもらいに行く「月」も頻回にある。そういった場合にWebを活用した「遠隔診療」で十分問題ない場合も、実際には多々あると考えられる。

さらに、高齢者の場合、家族が薬を取りに来られる場合も、以前から少なからず認められる。それであれば、むしろ「遠隔診療」で、Web上の画面であっても、高齢者の患者さん本人と会話できる方が良い場合もある。高齢であればあるほど、患者さんも顔なじみのドクターの顔が画面から見られれば、患者さんもその方が安心するのではないだろうか。

 

診療報酬的にも、実際の対面の診察とほとんど診療報酬点数は変わらなくなってきている。あとは、ドクター・医療者側の「食わず嫌い」を無くしていくことが重要ではないか。

 

開業医の先生方からすると、正直なところ、患者を他医療機関に取られてしまうと考えられている先生も多いと感じる。しかし、このように自前の患者さんに対応していくだけでも、充分に有効活用できると思う。

 

そして、実は「遠隔診療」であるからこそ、都心の患者さんを地方の開業医の先生方が診察するということも可能になる。

 

もちろん、IT活用ならではのセキュリティ対策は必要である。

実は、IBM社はとにかくこのITセキュリティ対策が極めて厳重であった。そのIBMがZoomを導入した時には、ちょっと驚いた。Zoomはそれくらいセキュリティ的に安全なものなのではないかと思う。ただ、簡単に録画できたりするので、遠隔診療中の動画を患者さんが無断で録画してしまうこともあるかもしれない。今後、そういった対策についても予め、検討していく必要はありそうだ。

 

しかし、こういった外出すること自体が感染リスクになっている状況など、世の中の状況は劇的に変化していっている。そういった時にこそ、新しく使えるツールについても上手に活用していかなければ、患者さんのために、より最善を尽くしていく上で必要ではないだろうか。そして、そういったことを何となく拒み続けていくことが、結果的に自医療機関だけが周りから取り残されてしまう。そういった厳しい時代に、日本の医療が変わりつつある状況ではないかとひしひしと感じる。

2月27日、東京都文京区の講道館で全日本柔道連盟の強化委員会が開かれ、男女12階級で柔道の東京五輪代表が決まった。委員を前にデータを示しながら理路整然と選考理由を説明していた男子代表の井上康生監督。だが、直後の記者会見で感極まって涙を流す一幕があった。

 

選手への期待を問われると「永山(竜樹)、橋本(壮市)……」と落選者を次々と挙げ、絶句。「今はぎりぎりで落ちた選手の顔しか浮かばない。全てをかけて闘ってくれた」と話すと顔をくしゃくしゃにした。

 

我に返って「一番やってはいけないことをやってしまった」と謝罪した指揮官。金メダルを狙える力がありながら五輪に臨めぬ者も出る。その思いも背負って闘うことを誓っていた。

 

こんな記者会見を見せつけられたら、選手たちは一様に今まで以上に気持ちが奮い立ったのではないだろうか。それは選ばれた選手も、選ばれなかった選手も同様であろう。

 

我々の世代からすれば、柔道の井上康生と言えば、歴代の日本を代表する花形選手の一人であり、結果もしっかり残してきた。

そういった王道を歩いてきた人だと、一般的に弱者の気持ちはあまり分からない人が多いような印象があるが、どうして井上監督は、これほどまでに選考に漏れた「敗者」に思いを寄せることができるのか。テレビでこの記者会見の報道を見ていて、少し不思議な気がした。僕ら一般人は知らない、「王者・井上康生」以外に、裏では非常に苦労してきた経歴でもあるのだろうか…。

 

ただ、この監督の下であれば、なお一層頑張ろうと思った選手は多かったと思し、そのことによって、オリンピックに向けて男子柔道チームがさらに一丸となって、ますますレベルアップしてくれるであろうと、我々ファンは期待が一層高まってくる。

 

東京オリンピックが来年に延期されることが決まり、代表選手そのものもどうなっていくのかすら不明瞭な状態であるので、選手たちは本当に色々な不安や思惑を感じながら日々練習を続けているのだと思う。

それでも、こういった監督の下であれば、どんな状況になろうと、必ずや素晴らしい結果を見事に残してくれると思う。

我々も、なお一層応援していきたい。

以前から、少し話しには聞いていたが、最近企業の採用活動にも、新たな変化が見られるようになってきた。それは喫煙者の排除。(日本経済新聞の2020年3月9日夕刊)

今年はさらに広がりそうな気配とのこと。

 

社員喫煙率ゼロを目指すファイザーは昨年、採用要件を見直し、喫煙の有無を採用活動中に確認。喫煙者は原則入社を断っているとのこと。

ファイザー社と言えば、禁煙補助薬のチャンピックスを製造・販売している会社だ。いわゆる禁煙外来で処方される薬で、この薬が発売されたお蔭で禁煙に成功する人が格段に増えた。

しかも、今までは努力と根性で無理やり禁煙を断行していた人も少なくなかったが、この薬剤のお蔭で、そういった努力や根性を振り絞らなくても、スーッと止められる人が続出した。

 

ただ、そういった薬を売っているのに、自社社員が喫煙していては意味がないということで、この様な採用要件に禁煙者必須という条件をつけた。これは、非常に素晴らしいことだと思う。

そうは言っても、ここまで踏み込んだ採用条件にしてしまうと、法律上、何かしら問題にならないのかと疑念を持ってしまうのは、私だけであろうか?

 

そしてこの春、SOMPOひまわり生命もの新卒採用者は「非喫煙者もしくは入社時点で喫煙されない人」

しか入社して来ない。「最終面接や内々定の告知の時にも口頭で念押ししました。内定承諾書にもその旨、明記しています。学生時代に喫煙していても、4月以降は全員非喫煙者です(経営企画部)」とのこと。

 

これらの背景には、改正健康増進法による規制強化がある。受動喫煙防止を目的にいよいよ今年4月から職場も原則屋内禁煙になる。規制強化を先取りし、就業時間の喫煙を就業規則で禁じる企業も増えている。企業の採用活動では、法律などの制約がなければ原則として「採用の自由」が認められているとのこと。社員に禁煙を求めるなら、採用段階から選別しようという判断しているらしい。

 

SCSK社は21年新卒採用から、内定者に卒煙治療サポートを提供するとのこと。会社を挙げて喫煙習慣見直しに取り組んでおり、就業規則で就業時間内の喫煙は禁止とする。自社オフィスに喫煙スペースはなし。採用段階でもその旨を学生に説明しており、喫煙者を選考から排除しないものの、禁煙を手助けしようという試みだそうだ。記事では「禁煙は経営上も会社に利点のある健康経営の一環です」と説明します。」と締めている。

 

さらにワンランク上の禁煙戦略が、企業を中心に広がってきていることを感じる。

 

 

蛇足だが、新型コロナ肺炎で大きく揺れるご時世であるが、とにかく咳をすると、恐ろしく周囲の人達からの拒絶の視線がお互いに気になる状況が続いている。

普段から、喫煙者は気管支の炎症を起こしやすく、風邪をひいていなくても、もしくは風邪が治った後も出続けている人が多い。そういった意味でも、このタイミングで禁煙することを促していくことも、我々医療者にとって大切なポイントかもしれない。

こんなご時世に、だいぶしょーもない話題で申し訳ない。

日本経済新聞の2020年2月28日関西地方版に、ちょっと気になってしまった記事があった。

タイトルは「「アメちゃん」配る印象の大阪 企業多いが消費は全国下位」というもの。

UHA味覚糖の「パインアメ」、「はちみつきんかんのど飴(あめ)」のノーベル製菓、金平糖の大阪糖菓等、大阪市には誰もが知っている飴会社が多く存在する。

そして、御多分に漏れず、関西育ちの僕も子供の頃はよく、近所のおばちゃん(敬意を込めた呼び名)達に「アメちゃん持っていき!」とか「アメちゃんあげよか!」などとよく声をかけてもらい、実際にアメちゃんを貰ってご機嫌になっていたことを今でも覚えている。

ご存知かもしれないが、昔からとにかく関西ではみんなが飴のことをアメちゃんと呼んでいた。

 

関西では、おばちゃん達はみんな例外なく、不思議なくらいアメの1つや2つ必ずバッグの中に入っていた。そして、それを惜しみもなく周りの人たち配っていた。それが、いい意味でのコミュニケーション手法となっていたと思う。やはり、アメを1つもらうだけでも、その場の雰囲気は和やかになることは多い。

そういえば、関西以外の女性陣もアメの1つや2つ必ずバッグの中に入っているのだろうか??

 

しかも、驚いたことに、実は大阪市はアメ購入額が全国でも低いとのこと。これは知らなかった。

「総務省によると、2016~18年の1世帯あたりの平均年間支出額は2047円と調査した52市のうち40位。堺市は2219円で17位、首位は2678円の大津市だった。」と報告している。

 

大阪のおばちゃん達は、バッグには入れているが、あまり普段は飴をなめたりしないのであろうか?

大津市が全国1位というのも、驚いた。特に大阪も京都も滋賀も、それほどアメの消費量に差があるとは、実感としてはイメージが湧かない。

それとも、大阪のおばちゃん達よりも、大津の女性陣はバッグの中にたくさんアメちゃんを入れているのだろうか?

今度、滋賀の友人に会ったら、是非聞いてみたいと思う…。

先日、亀田総合病院 名誉理事長である亀田俊忠先生のご講演を聴く機会があった。

学生時代から千葉にいながら、僕自身は一度も亀田総合病院に行ったことがなく、亀田病院の経営陣の先生方のお話しを聴くのも初めてであった。

もちろん有名な病院であり、僕の周りにも、亀田総合病院で働いたことがあるドクターは何人もいる。

地方病院には珍しく、斬新なアイデアを取り入れて、様々な腕利きのドクター達を集めていると言うことを聞いたことはあるが、実際に経営陣がどの様に考え、これまでどの様な経営されてきたのかは全然知らなかった。

 

そんな中で、幸いなことに今回、亀田総合病院の過去・現在・未来についてお話しをされた。

聴いていて驚いたことは、日本初のようなことが多々あったことである。この日本の中で、初めてのことをやろうとした時に「出る杭は打たれる」ことは、誰でも重々承知している。だからこそ、自分から始めるとアクションを起こそうとする人は、実際にはなかなかいないのが世の常である。

しかし、亀田先生等はそういったことを驚くほど恐れずに、やった方がよいと考えたことについては、周りの人にどれだけ馬鹿にされようとも、やり始めてきた歴史がある。そして、やはり必ず抵抗勢力に否定され続けるわけだが、そこでも怯まずに「できることは、何でもやる」という精神で、その難しい局面を何回も乗り越えてこられてきた。その気迫というものは、本当に凄まじいものを感じる。

 

しかし、ご講演をされている亀田俊忠先生を見ていると、どちらかと言うと気弱そうで、言葉を慎重に選ぶ方で、どこにそんな不屈の魂を持っておられるのか、不思議なくらいであった。

 

ただ、民間病院で初めて臨床研修医が研修できるようにしてきたり、当時のアメリカの最先端の医療技術を持っていた有名な病院をモデルに、オーシャンビューで患者さんの癒しに着目した病院やクリニックを、アメリカのコンサルタントに高額にもかかわらずお願いして建設したり、電子カルテをいち早く導入したりと、今では当たり前とされていることを、当たり前ではない時代に、採算度外視の状況でも率先して導入されてこられてきた。

 

そこで、亀田先生が仰っていたことは、まず最初に自分が思い描いていることのマスタープランを立てて、そこからその使命やヴィジョンを示し、これらを実現していくために、結果的には10年以上の年月をかけて実現していったとのこと。この先見の明と揺るがない信念は、本当に見習わなければいけないと感じた。

 

そして、今後は、地元の鴨川市とコラボレーションして、山間部のいわゆる僻地な地域に、小規模ではあるけれども入院施設も併設する家庭医・プライマリケアを実現していこうと考えているとのこと。家庭医は往診などを手厚くしてくれるが、こういった入院施設があれば、より手厚く、幅広いケアが行えることが考えられる。「これが、世界にまだない、日本流の理想的なモデルになっていくのでは」と仰っていたのが、非常に印象的であった。

それだけではなく、オンライン診療もできるようにし、さらに医療配達も行えるようにすることで、症状の安定している患者さんやその家族が通院等での負担を減らすことができ、かつ、医師の働き方改革につながっていくと考えられる。

そしてさらに、予防医療やポピュレーションアプローチも組み入れることによって、より地域の健康増進にも繋げようとしているとのこと。

 

今までは、病床数も大きな拠点病院が中心であったが、令和の時代は、上記で示したような「micro Hospital型」の医療機関群が、その時々のニーズに合わせながら細やかに時代に合わせながらモデルチェンジしていき、その地域の発展に柔軟に対応していくことを想定されているとのこと。

まさしく、地域医療で活躍されてきたドクターだからこその発想だと感じた。

 

少人数の医療スタッフで、柔軟に対応しながら、不足している部分については遠隔診療等で補っていく。そして、緊急時には、地域の大きな拠点病院に搬送することもできるようにしておけば、多くの地域で、これからも安心して暮らしていける人達が増えていくのではないかと思う。

世の中がこういう緊急事態になってきて、マスクやアルコール消毒液の入手困難が深刻化した時に、ティッシュペーパーやトイレットペーパーの買い占めも起こったりするのかなと、何となく思っていたが、実際に現実に起こってしまった。

 

デマと解っていても、買い占めてしまう。こういった緊急時の人間の真理が如実に現れた現象といえる。これが本当のパニック騒動の誘因になってしまったりすると、本当に危険な状態になることにも繋がりかねない。

 

とは言っても、「本当にトイレットペーパーは不足してないの?」と思ってしまうのも、多くの方が持っている疑念だと思う。

ちょうどそういった時に、面白い記事を見つけた。その記事は、2020年3月5日の日本経済新聞の静岡(地方)版の記事である。 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56373270U0A300C2L61000/

 

静岡県富士市エリアは、紙・パルプ・紙加工品の出荷額が国内首位で、主要な大手製紙工場がひしめいている。この記事はこのエリアの工場を取材していた。

記事によると、「昨年10月の増税後に余剰気味だった在庫と工場生産で十分対応できる量で、「供給面に問題はない」(担当者)とみている」とのこと。

何と実は、消費税増税直前の昨年9月に、トイレットペーパー等はかなり買い占められており、増税後の10月以降は在庫がダブついていたとのことらしい。

それを、よりにもよって「入手困難‼」といったデマが流れたことによって、在庫一掃セールと化してしまったことになる。こんな滑稽な話しも、こういったパンデミックの状態では深刻な社会現象となってしまうのである。

 

実際に、私が行かせてもらっている沼津市内の糖尿病内科クリニックの看護師さん達の情報によると、沼津市内の大きなホームセンターに、最近うず高くトイレットペーパーが積まれていて、大売り出ししていたとのこと。これこそ、富士の製紙工場から、大量の在庫が運ばれてきたということであろう。

 

ただ、どうしてもトイレットペーパーやティッシュペーパーは嵩張るため、一度に大量に運べないとのこと。このため、富士から遠い所ほど欠品が続きやすい状況になっているらしい。

 

この様な、裏話を知ることができれば、デマで扇動された不安感も拭うことができるのではないだろうか。そういった意味でも、正しい所から正しい情報をきちんと得るように心がけていくことが、やはりこういった緊急事態の際にこそ、より求められるという、教訓的な出来事であろう。

小・中・高校が一斉に休校になり、本格的に感染拡大予防対策が行われるようになってきた。

実際に、街中を歩いていても、驚くほど人通りが少ないこともしばしば見られる。

 

先日、月に1度の恵比寿駅周辺での仕事があった。10時からなので、それなりにゆっくり家を出られるのだが、いつも恵比寿駅に向かう山手線に乗ると、原宿・渋谷といった駅間では、ラッシュアワー時の混雑で、鞄も網棚に乗せることもできないくらい混雑している。このため、パソコンの入った重い鞄を前にしながら、ぎゅうぎゅう詰めの状態で、いつもブルーな気持ちになっていた。

しかし、先日は驚くような空き具合で、午後の閑散とした時間帯のような客数しか乗車していなかった。世の中では、できる限りテレワークを呼び掛けているが、本当にこんなに通勤・通学者が減ってしまうのだと、愕然とする思いであった。

ただ、そういった意味では、感染拡大予防としては非常に効果が出ているのではないかとも感じた。

 

また、感染拡大予防の基本としては、ご存知の通り手洗い・うがい・マスクとなるであろうが、実際の清潔操作は本当に難しいと思う。豪華客船内での感染拡大はそれを如実に示すこととなった。

我々医療者は、病院内で手術や手技を行う際に、厳格な清潔操作を求められる。このため、医学生・研修医時代からみっちりとトレーニングを何度も受けているのだが、意外にこの清潔操作を完ぺきにこなすことは、思っている以上に難しい。

 

豪華客船内で、厚生労働省の職員が2次感染した等とニュースで報じられているが、私としては「やはり」と思わず思ってしまった。それは、我々が病院内で何度も何度もトレーニングして身についてきた清潔操作を、医療者ではない公務員や従業員、そして高齢のお客さんすべてが、1度のミスもすることなく完璧に行わないと、あのような船内感染が広がってしまうことになる。

神戸大教授の先生も仰っていた様に、清潔区域と感染区域での、防護服の扱いなども、一般の方々にはなかなか理解が難しいと思う。

しかも、例えば清潔区域に防護服のまま入ってしまったり、はたまた何かの拍子に手すりを触ったりしてしまったとしても、その時は痛くも痒くもないので、ついつい清潔操作がルーズになってしまうこともあるかもしれない。

ただ、これがもっと感染力の強いエボラ出血熱などのウイルスであれば、2次感染でもっと重篤な状態になる人が出たりすることも考えられる。そういった意味では、今後、もう1度改めて感染区域に入った時の対応について、綿密なシミュレーション・訓練を行っていく必要がどうしてもあると思う。

 

今夏の東京オリンピックのことを考えると、どうしてもこの3月に様々なことを我慢しながら、感染拡大を防いでいく必要があると思う。このため、小・中・高校が一斉に休校になることは、やむを得ない、背に腹は代えられない国策であると考えられる。

ただ、これにより、生活に窮する人達も相当数出てきていることも事実であり、9年前の東日本大震災の時と同じように、みんなで助け合って、この困難な時期を何とか無事に脱することができるように協力し合っていきたいものである。