8月 2020

今月、家のリフォームで、2~3日自宅のお風呂に入れなかった。

工事中に雨が降っては何かと支障が出ることもあるので、好天に恵まれたのはよかったのだが、猛暑過ぎて閉口するところも少なからずあった。

実際に工事している人達はもっと大変だったと思う。

 

この間、やむを得ないので家族そろって近所のスパランドに行って風呂に入った。

コロナで真夏にもかかわらず、思ったよりも多くの人達がお風呂に入りに来ていた。

 

暑いのでどうかと思ったが、風呂の温度もだいぶ低くしてくれていて、予想以上に快適だった。

他にもジェット風呂やハーブ風呂など、色々と嗜好を凝らしており、案外夏場でも十分楽しめた。

 

何となくお年寄りが多いのかなと思っていたが、学生とおぼしきグループや小さな子供の家族連れなども来ており、意外に平均年齢は非常に高いということはなかった。

 

スパランド内にはお風呂だけでなく、ホットヨガができたり、理容室があったり、無料で読めるマンガがたくさん並べられていたりと、今まで以上に集客にも工夫を凝らしていた。

 

温泉とまではいかなくても、日常生活とはちょっと違った体験が近場で気軽にできるということは、思った以上に快適であった。

やはり、日本人は今でも年齢関係なくお風呂好きで、銭湯といった伝統的なスタイルでは無くなっていったとしても、その時代にマッチした形で、これからも脈々と大衆浴場は世の中に受け継がれていくのであろう。

「佐藤」という苗字だと、どうしても同姓同名の人に時々出くわすことがある。

 

今月も、IR汚職で逮捕という記事が出ていた。年も近いし、ちょっと複雑な思いである。

 

久しぶりに、インターネットで検索してみると、農学者や元プロ野球選手に自転車世界一周など、様々な同姓同名の方が世の中で活躍されていることが分かる。

 

実は、僕自身、同姓同名の人と同じマンションに住んでいたことがある。

小学生の頃、僕の住んでいたマンションのすぐそばの自宅改装のため1年程おられたのだが、お子さんが同じ小学校だったので、僕の親世代の人だった。

 

ただ、それでも同姓同名の人物が二人いると、年賀状の時などは郵便配達員の方々もかなり混乱していた。

僕のところに、いかにも仕事の付き合いといった人からの見慣れぬ年賀状が何通も届いており、向こうのポストにも、明らかに小学生の字体で書いてある手書きの年賀状が紛れていた。

世代も異なっていたし、それは昭和の時代のまだまだ個人情報がどうのこうのと言うことも無い頃であったので、お互いの笑い話となっていた。

 

しかし、もし、今の時代にこういったことが起こると、お互いに当時のようなおおらかな対応だけでは済まなかったかもしれない。

同姓同名であるがために、色々なところで誤解や混乱が生じ、場合によっては、仕事やプライベートにおいて、知らぬ間に悪用されてしまうといったことにまで発展していってしまうことさえ、今の時代であれば念頭に置いておかなくてはならないのかもしれない。

 

そういったことを考えだすと、特にありふれた苗字の場合、そもそもどんな名前を付けるかということから、かなり慎重にしなければいけないということであろうか。

 

実際に「山田太郎」や「スズキイチロウ」など、分かりやすい名前の同姓同名の人は世の中にどれくらいいるのであろうか。

そんなことを考えてみたが、一方でインパクトがあり過ぎるような特異な名前も、一発で覚えられてしまって、難儀することもあるのかもしれない。

 

やはり、どんな名前にしても、その人の人生に大きく影響を及ぼすので、親はその自覚を持って名付けていく必要があるのだなと、改めて感じる。そして、名前負けしないように、頑張って生きていく必要もあると言えるだろう。

去年までであれば、「猛暑日にマスクをしながら通勤して仕事をする」といったら、間違いなくパワハラかいじめだと言われたであろう。

実際、大学生のサークル内での軽いノリでの罰ゲームでも猛暑日に1日中マスクは、さすがにさせなかったと思う。

ただ、今年はこれを高齢者の方々にも要請せざるを得ない状況となっている。

 

特に今年は梅雨明けが長引いて、しかもそれほど気温が上がっていなかったなか、梅雨明けと同時に突然の晴天続き。そして、マスクの着用。

昨日の猛暑日では、マスクしながら電車を乗り降りして移動する。それだけでも、かなりクラクラするくらいに暑く感じた。本当に熱中症にかなり注意を払う必要がある。

 

罰ゲームなら1日で終わりだろうが、この夏ずっとである。

しかも、いよいよ全国的な猛暑日が始まった。

 

ある小学校では、この天気が良い日に通学する時に、児童全員が傘をさして登校させ、その間はマスクを外してよいと指導を行っていたことを、ニュースで報じられていた。

確かにこれであれば、子供でも自然にソーシャル・ディスタンスを保つことができ、熱中症対策も同時に行うことができる名案だと思う。

 

夏になれば、感染はあまり拡大しないかと淡い期待をしていた人は、僕だけではないと思うが、そういった安易な考えは無残にも砕かれ、むしろどんどん感染者は増え続けてしまっている。

 

旅行にも帰省も出来ず、子供達もろくに夏休みも取れず、異例づくめの夏である。

しかもこの猛暑で、救急外来はコロナか熱中症か判断できないまま、発熱してぐったりしている患者の救急搬送を体張って受け入れてくれている。

 

上手に涼を取りながら、熱中症にならないように水分補給もしっかり取り、睡眠時間も確保して、みんなで何とか体調を崩さずに、この酷暑を乗り切っていくしかない。

3度目の登場だが、「常勝集団のプリンシプル(自ら学び成長する人材が育つ「岩出式」心のマネージメント)」岩出雅之著、日経BPを読んだ。

 

この本の中で、印象的な岩出監督の名言がまだまだいくつも見られる。

 

僕が印象に残ったものの中に、

大学選手権の最終メンバーを決める時に、2軍・3軍からも1名ずつ選抜してベンチ入りさせるというのがあった。

こういったみんなから認められている苦労人をベンチ入りさせることの効果は、やはりチームが活性化され、部をまとめる上で非常に大切なことだなと感じる。

 

実力主義だけでは、決してメンバーには入れないが、その年のチームとしては無くてはならない最上級生の存在というは、どんなチームでもよくあることだと思う。

そういうメンバーをきちんと評価して、最後の大事な試合で背番号を与えるということによって、本当に励みになる選手がたくさんいると思う。

 

記憶に新しい通り、大相撲7月場所の優勝も照ノ富士であった。たとえモンゴル勢であっても、序二段まで降格した元大関の奇跡の復活優勝となれば、日本人力士よりも本当に大勢の大相撲ファンが照ノ富士を思わず応援していたと思う。

やはり、苦労をしてきた人が報われる社会というのは、世の中を平和にさせてくれる。

 

岩出監督自身も、大学を卒業し、高校のラグビーの監督ができるようになるまでに10年かかっている。

その前は、バスケットボール部の顧問であったとのこと。しかも、母校でも特別な強豪校でもないところからの出発であったという。

でも、その経験が活きたと書いている。

 

人間、どんな環境であっても、その環境でベストを尽くそうとすることが大切であると言えるし、それを証明してくれた人を見ると、本当にそのことが納得できる。

 

僕自身も、不本意ながら伊豆長岡に単身赴任で行き、医局の派遣先としては最も過酷な状況下であったが、4人の医局員みんなで色々工夫しながら、自分たちなりに一所懸命に頑張ってみた。その結果が「医師の働き方改革」というものに繋がっていった。

 

新型コロナウイルス感染症の影響で、全く思うようにならない状況に追い込まれている人も少なくないかもしれない。しかし、そういった状況の中でも、とにかくベストを尽くしてみることで、将来思わぬ展開に発展していく可能性もある。是非、簡単に諦めずに、今できることを必死にやり続けていってほしいと思う。

前回の続きだが、「常勝集団のプリンシプル(自ら学び成長する人材が育つ「岩出式」心のマネージメント)」岩出雅之著、日経BPを読んだ。

 

この本の中で、印象的な岩出監督の名言がまだまだいくつも見られる。

 

その一つに、「幸せ(フロー)になる技術」―自分の実力を100%発揮する方法

フローに入るための鉄則」というものがある。

 

強豪校との試合や、優勝・全国制覇がかかった試合は、非常に緊張すると思う。

しかも、そういった試合で、数点差で勝っていても負けていても、試合終了間際のプレッシャーたるや凄いものになっていくだろうと想像する。

その時に、各々の選手が「自分の実力を100%発揮」してくれるというようなことができれば、確かに勝利の女神は自分達に微笑んでくれる可能性は高くなる。

 

でも、どんな手法を用いれば、そんなことができるのか、明確に示してくれる指導者は今までにほとんどいなかったのではないだろうか。

 

それを岩出監督は心理学の手法を用いて、常日頃から選手たちに常々、

「明確な目標や目的、つまり、やるべきことが明確になっている必要」があることや、

「大事なのは「未来」や「過去」ではなく「現在」」であることを、徹底的に意識づけさせて、実行させていた。

 

多くの人は、何かしら大事な場面で緊張して上手くいかなかった経験があると思う。

逆に、大舞台であればあるほど力が発揮できるというのは、長嶋茂雄とか新庄剛志といった根っからのスーパースター気質を持った一握りの人達だけではないだろうか。

 

実は、信じてもらえないかもしれないが、僕自身、かなりのあがり症で、とにかく本番に弱い。特に若い頃はそういう大舞台の経験もなかったので、突然そんな状況になっても、全く対応することができなかった。

 

このため、高校3年生の時も京都大会も関西大会の本番も、実は自分の実力の60%程度しか発揮することができなかった。

ただ、毎年、関西代表にはなれずに終わっていたので、関西大会での演奏終了直後は、「ああ、やっぱり上手く緊張から逃れることができなかった。でも、これが自分の悪しき癖であり、しょうがないものだ」と諦めていた。

それが、まさかの全国大会出場。

全国大会当日も、本番演奏直前の普門館控室でのチューニングの時も、緊張で震えあがってしまって、音もグラングラン波打ってしまっていた。ただ、そのままごまかさずにいつもの音量であり得ない揺れ方をしている音を出して、自分自身の中では腹をくくっていた。本番もこの音が出ても仕様がないと。

ステージ上に座ると足が震え、抑えることができない。逆に抑えずに震えたままにしておいた。

そして、演奏冒頭のクラリネットのソロで、普段絶対間違えないコンサートマスターがリードミスをした。その音を聴いて、あいつでさえミスすることもあるのだと、逆に気が楽になった。

足がずっと震えたまま最初の音を出したところ、震えすぎて、スッと震えが無くなっていった。

その後は、不思議なくらい普段通りの演奏をすることができた。

 

 

岩出監督流の解説では、フローに入るための鉄則として

「上手くいかなかったらどうしよう」という「未来」の不安や、「もっと練習しておけばよかった」という「過去」の後悔に囚われないようにして、

「大事なのは「未来」や「過去」ではなく「現在」に心理エネルギーを集中し、いかに楽しむことができるか」。それを、1年間かけて練習や日常生活を通じて、自分をコントロールするように、部員全員で取り組むということだそうだ。

 

こんなことを、普段から教えてくれる指導者がいれば、どれだけの教え子が若いうちに実力を発揮する経験を得て、将来役立てていくのだろうと思う。

三振して帰ってくる打者に「バカヤロー!お前の替わりなんていくらでもいるんだぞ‼」などと今でも怒鳴っている化石のような監督は、あと数年以内でみんな駆逐されていくことであろう。

2年前の本だが、「常勝集団のプリンシプル(自ら学び成長する人材が育つ「岩出式」心のマネージメント)」岩出雅之著、日経BPを読んだ。

 

この本の中で、印象的な岩出監督の名言がいくつも見られた。

 

一つ目は、「共感力は他人を動かす」

本文には、以下のように書かれていた。

 

共感力は他人を動かします。

共感の真反対に当たるのが「強制」です。昔の体育会系の上下関係が、まさに「強制」です。平成世代は、他人からの「強制」には敏感で、拒絶反応を示します。

「脱・体育会系組織」のよさは、上下関係の「強制」や「圧力」を小さくすることができた点です。共感力を身に着ける環境として、脱・体育会系組織が有効に機能している…。

 

正に今、日大ラグビー部のヘッドコーチによる、陰湿な部内の様々な事件がニュースになっているが、今の時代、今の世代にマッチした「共感力」をベースに「一人ひとりが自律的に成長する組織」が、従来の「強制」をベースとしたトップダウンの組織を、どんどん駆逐していっている時代なのかなと感じた。それはあたかも、巨大勢力を誇った国が滅んでいくかのようだ。

 

強烈なインパクトがあった文章に以下のようなものがある。

「スポーツ界も、監督が頭ごなしに叱りつけながら選手を引っ張る時代ではなく、いかに集団の中でイノベーションを起こしていけるか、それがとても大切な時代に来ています。(中略)

私は試合前に、対戦相手のどこが変わったかを、常にチェックするようにしていますが、空いてチームの特に監督やコーチに、イノベーションを起こそうとしている動きや空気を感じた時には、こちらも警戒し、気合いを入れて準備します。逆に、それを感じられない相手には、油断はしませんが、負ける気がしません。そうしたチームは過去の方法論でぶつかってくるので、負けない自信があります。」

 

全員が自律的に考えて、常にイノベーションを起こそうと前向きに考えて行動する。

それに比べて、監督の指示(サイン)通りに動くのとでは、状況の変化が凄まじいこの時代、どちらがその変化に対応し続けるかと考えると、その差は一目瞭然である。

これだけきちんと観察されて見抜かれていたら、勝てるわけがないと思ってしまう。そして、実際に常勝軍団を作り上げてきた理由がここに表れていると思う。