2月 2019

実は今回で、このブログは100話目となりました。

有り難いことに、「ブログ見てます」とお声をかけていただくこともちょくちょくあり、この場をお借りして、感謝を申し上げたく存じます。

 

毎回、「ブログを見ています」とお声をかけていただく度に、さらにきちんと書かなくてはと、気が引き締まる思いになります。

 

 

今回、ブログを書き始めるにあたり、自分の中で下記のようなことを心がけているようと思っていました。「何かしら一つでも誰かの良い点を挙げるようにすること」「ホットな新しい情報を提供すること」「医学的に正しい情報をピックアップすること」そして、自虐ネタはOKとすること(苦笑)。

 

実際のところ、自虐ネタ以外はきちんと実行できているかは分かりませんが、ネット上に自分の書いた文章を載せるということは、非常に大変なことだということが本当によく分かりました。

 

昨年7月下旬にブログをスタートさせ、当初は週4回ペースで書いていましたが、途中から週3回に変更しました。ただ、やはり書くネタがないこともあり、この100回が早かったような長かったような相反する思いがあります。

 

また、正直なところ、このペースで書き続けるのはちょっと大変と感じておりまして、今後は基本、週2回のペースにしていきたいと考えております。

 

ただ、何かしら普段の仕事や糖尿病外来を行う中で得られた情報やエビデンスを、これからも少しずつでも新しいうちに発信していければと考えております。

 

今後はクスっと明るく笑える内容の文章にもしていけるように文章力も上げていける様、頑張りたいと思っておりますので、これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

先日、「人事評価」についてのセミナーがあり、受講してきた。

実際に人を評価するということは非常に難しい。ただ単に売り上げだけで評価することもできるが、実際にはそんな単純なものだけで常に評価を行うことはできない。また、評価受けた側にとっては、極めてモチベーションに直結するものでもある。

 

先日からのブログの流れである医療機関という視点から考えてみると、「人事評価」というものを、医療者に対して取り入れている医療機関はどれほどあるのだろうか。ましてや、医師に対して「評価」を行っているところは、まだかなり少ないであろう。そもそも「年功序列」的な人事がまだ行われているのが、医者の業界では当たり前になっているところも未だに多いかもしれない。

 

さらに、大学医局や多くの病院では、どれだけ働いても給料はほとんど変わらないことも多いのではないか。このため、一生懸命に患者さんや組織・研究のために働いているドクターが、あまりにもその「頑張り」を評価されなさ過ぎて、嫌気がさして辞めてしまうことを、僕も少なからず見てきた。

 

こういう「頑張っている」ドクターのことを言い表す良い表現として、今回のセミナーで教えてもらったのは、「ストレッチゾーン(stretch zone)」で働くというものだった。これは快適に働けている範囲(comfort zone)から少しストレッチしながら仕事範囲を広げていこうとすることを言うそうである。この「ストレッチゾーン」で働いているドクターに対して、周りや上司がアグリーしてくれるのか否かは、非常に重大なポイントとなる。

 

僕がまだ大学院生だった頃、うちの医局は若いドクター達は、様々な研究や取り組みを自分で考え、ストレッチゾーンに入り込んで仕事をしていた。その時に、我々のボスは自由に好きにさせてくれたので、非常に伸び伸びと仕事も研究も出来ていた。今振り返ると、本当に有り難かったなと思う。

 

また、定量的な評価と定性的な評価があることも教わった。

定量的な評価とは、論文のインパクトファクターが何点であるかとか、外来・入院患者をたくさん診察し、売り上げがどれくらいだったといったことになると思う。一方、定性的評価とは、結果が伴ったか伴わなかったかに関わらず、どれくらい頑張っているかとか、どれくらい患者さんからの評判が高いかなどといった内容を評価してあげることである。

この2つを同時に同じ重きを置いて、きちんと評価してあげることで、より現実感のある評価になっていくのではないだろうか。

 

そして、最も印象的だったのは「評価者が手間暇をかけて評価をすることが大切である」ということだ。やはり、人様を評価するということは、本当に重みのあることである。だからこそ、評価者は安易に自分の選り好みなどで評価を行うのではなく、しっかり手間暇かけてあらゆる方面から情報を収集し、また、あらゆる角度からその人を評価させていただくように心がけることが非常に必要なのではないかと思う。

そうした熟慮の末にされた判断で、きちんと評価してもらっていると分かれば、若い人達も納得しやすいと思うし、離職率も自然と低くなっていくのではないだろうか。

今月、チームビルディングについてのセミナーを受講する機会があった。

セミナーを受けてみて、部下との効果的なコミュニケーションを行っていくプロセスの中で、重要なポイントの1つは、「信頼性の構築」であるということが非常に印象的に感じた。

 

現状を望ましい状態に引き上げるために、上司は部下を誘導(リード)していく必要がある。かつての上意下達の縦社会では、この様にグイグイ上司が部下を引っ張っていけばよかった。

しかし、今の時代、まずは「上司が部下にペースを合わせる」ことをしないと、「信頼性の構築」が築けない。そして、この「信頼性の構築」が築けた後でないと、「目的に向けた誘導(リード)」を行うことができない時代になった。

この上司が「部下へのペース合わせ」を怠ったまま、「目的に向けた誘導(リード)」を行おうとすると、「パワハラ」と部下から言われてしまう可能性が少なからずある。

 

先日、「病院内の働き方改革」のお話しをしたが、今回のセミナーを聴いて、まだまだ病院内では、「上司が部下へのペース合わせを怠ったまま、目的に向けた誘導(リード)を行おうとする」ことが、高い頻度で行われてしまっているのではないかと感じた。そして、そのために近年、多くの病院では残業時間など業務改善が行われず、即戦力で働いている医師の先生方の退職者もじわじわと増加してきているのが日本の現状ではないだろうか。

 

これを改善していくためのキーワードは、「上司が部下へのペース合わせを怠ったまま、目的に向けた誘導(リード)を行おうとす」ミスリードを失くしていくこと」なのではないかという気がしてならない。

 

そうすると、先日の結論と同様、あらゆる医療機関において、病院長や看護部長などの医療職のリーダー・幹部クラスの医療者達が、やはりコーチングやチームビルディングなどのマネージメントに関することについてしっかり勉強し、明日からでも部下に対しきちんと「部下へのペース合わせ」ることをしっかり実践しながら、普段からコミュニケーションを多く持つ機会を作るということが、必要不可欠な時代に突入したと言わざるを得ないのではないか。

先週、病院内の働き方改革というテーマでの講演会を聴かせていただいた。

演者は、人事畑を40年続けて来られた河北 隆 先生だった。

先生は7年程、地方の拠点病院での人事を担当され、理事長先生と二人三脚で院内の働き方改革を実行されてもこられた。その時の苦労話を含めて、実際にどの様に改善されて行かれたかお話しをいただいた。

 

印象的だったことは、やはり理事長先生という医師である病院のリーダーがイニシアティブを持って、人事のプロに一任するという決断ができるか否かが、病院内での働き方改革を行っていく上では、非常に重要であるということをお話しされていた。

 

大手企業等であれば、幹部クラスがマネージメントについて研修を受けることは今の時代、あまりにも当たり前かもしれない。しかし通常、我々医師が組織のマネージメントについて学ぶ機会は、今までほとんどなかった。このため、マネージメント力やマネージメント手法については、個々のドクターのセンス如何にしか頼るところが無かった。

 

これを打開しようとするならば、川北先生のケースの様に、人事のプロに一任することを病院のトップの医師が決断すること。または、コーチングやチームビルディングなどの手法を経営者自らが学び、スキルを向上させ、それを自分の組織内に落とし込んでいくことであると考えられる。

ただ今後、医療機関でも急速に働き方改革が求められる時代になってきており、好む好まないに関わらず、病院長や看護部長などがマネージメントについてしっかり勉強し、実践していくことが必須になる時代に突入してきたと言えるのではないだろうか。

 

先週末、日本糖尿病医療学学会の関東地方会の中で、動機づけ面接演習もあり、初めて参加してみた。

最近、メディカルコーチングをされている先生方も、この「動機づけ面接」を勉強されている方が多く、僕もいつか講義を聴いてみたいなと思っていた。

 

前半は、講義形式でレクチャーがあり、その後ロールプレイをさせていただいた。

今回の講師の先生は、防衛医科大学校看護学科准教授の瀬在泉先生だった。 瀬在先生は、元々東京都済生会中央病院で循環器病棟の看護師をされていたとのこと。私の研修医時代に、もしかしたら病棟でお世話になっていたかもしれない。

 

動機づけ面接法(Motivational Interviewing ;MI)は要約すると、本人が変わりたい方向を見出し,その方向に変わろうとする対象者に力を添えていくような手法だとのこと。当初はアルコール依存症の治療法として開発され、次第に体系化されていき、最近ではプライマリケアや公衆衛生にまでその活用の幅は広がってきているらしい。

 

最初に、動機づけ面接は、「asking Open question(開かれた質問)、Affirming (是認)、Reflecting(聞き返し)、Summarizing(要約)」といった4つのスキル、それぞれの頭文字をとって OARS(オールス)と呼んでいるスキルがあるということを教わった。

 

また、今回の実習では、「3つの深さで聞き返そう」ということで、「単純な聞き返し」「複雑な聞き返し(状況の具体化)」「複雑な聞き返し(気持ちや感情、価値)」といったことを意識して、ロールプレイを行った。

質問するとは少し異なり、話し手が話したことに対して様々な「聞き返し」を行うことによって、話し手が「まだ語っていないこと」をさらに話してみたいと思わせる。その中に「行動変容に向かう言葉(チェンジトーク)」があれば、その内容を具体化したりして、「動機づけ」に結びつけていくとのこと。

 

なかなか1度の研修だけでは「コツ」を掴めないところもあった。一方の感想として、他の参加者も仰られていた通り、MIは、まだ受け入れができていない状態の患者さんに対しては、有効である可能性は十分あると、私も思った。コーチングの手法等と、上手に必要な部分を織り交ぜていけば、より糖尿病患者さん等に対して、「やる気になってもらう」ように行動変容に繋げていく可能性を高めていけるかもしれない。そういうワンステップアップした行動変容を患者さんに起こさせるために、自分自身もさらに色々と勉強していきたいと考えている。

先週末、日本糖尿病医療学学会の関東地方会があり、参加してきた。

お馴染みの石井均先生や皆藤章先生も出席されており、今回も非常に素晴らしいコメントやご講演をされていた。

 

石井均先生は、ご講演の中で「Beyond Evidence」や「Beyond Technology」といったキーワードを挙げられていた。

もちろんEBMは大切である。それが医療を行う上で大前提である。

しかし加えて、最終的に医師が患者さんと向き合う時に、医師は「糖尿病を持つ人へのアプローチ」として、「糖尿病について外から観察」し【行動】、「糖尿病について内面を知」り【認知】、「糖尿病とともにどう生きるか、生き方を知る」【心理】を意識した上で、患者さんと接することが大切だと話されていた。

 

それを「糖尿病患者さんの在り様」とも石井先生は表現されていたが、患者さんの背景・歴史をなるべく理解した上で、診療を行っていく大切さを、この医療学学会ではまざまざと感じさせられる。今回も、様々な難しい症例・考えさせる症例発表があり、私もディスカッションに加わらせていただいた。

 

また、皆藤先生のコメントやご講演も非常に印象的であった。

皆藤先生は昨年春に京都大学教授を定年退職された。そしてその後、ハーバード大学に半年以上留学されたとのこと。

いつも、心理学的観点から鋭い的確なご意見を話され、我々の普段理解が及んでいない心理的な背景や考え方を教えていただいている。それが今回の留学で益々磨きがかかった印象であった。(私が偉そうに言う立場では全くないのは当然なのだが、)今までずっと厳しい修行をされていたお坊さんが、とうとう誰もたどり着けない領域の「悟り」を開かれた阿闍梨さん(高僧)の様な様相に感じられた。それは、語り口調に気負った様子が全くなく、「淀みのない」言葉でお話しされ、いずれのコメントも本当に様々なことを考えさせられるものであった。これはまさに「知」の吸収ではなく、「思考」するということを、我々に求めておられるのだなと感じた。

 

また、臨床心理学やメディカルコーチング、動機づけ面接といった、「糖尿病を持つ人へのアプローチ」方法についての講座・セクションもあり、これらの手法を糖尿病医療関係者がどんどん手に入れられる場も提供していただく貴重な機会にもなってきている。そういった意味でも、ますますこの学会が充実したものになってきており、糖尿病診療を行う上で、無くてはならない存在になってきたのではないかとも思う。

今週、お米についてのBBC放送が纏めた映画「The Story of Rice」を観る機会があった。イギリス人から見た、「日本のお米を中心とした和食について」をテーマにされていて、大変参考になった。

 

映画の中でも出てきたが、ヨーロッパの人達からすると、米は芋などと同様、付け合わせの類という捉え方をしていることが分かった。このため、日本の文化である「主食と主菜」といった、食事の中では「ご飯が中心にある」という感覚が一般的には全く無いことに気付かされた。

 

この映画は、あるイギリス人の料理研究家の女性が、お寿司以外のお米の料理を習得するために日本を訪れるというシチュエーションになっていた。

そこで初めて、日本の文化に根差した「ご飯」料理を食し、日本人の生活にとって「ご飯」が無くてはならないものだということを、様々な日本料理を食したり、棚田を訪問したり、京都に行ったりすることによって体感していく。そして、これが日本人の長寿の秘訣であることと結びついていることも認識することとなる。

 

近年はフランスやアメリカでも、様々な日本食が注目され、ブームとなっている。しかも、年々その日本食も、ラーメンやたこ焼きといった分かりやすいものから、次第に奥が深い日本料理にまで注目が集まりつつある。

 

我々日本人からすると極めてあまりにも当たり前な「日本の食文化」が、こうやって外国人が初めて日本を訪れたことによって、我々としても改めて認識することになる。

ただ日本の中でも、この当たり前が、今の若い子供達には当たり前ではなくなってきている現実もある。そういった意味でも、日本の食文化を守り、日本の子供達の健康を維持していくために、「ご飯」について今一度しっかり見つめ直して、我々も「日本の食文化を普段の生活の中できちんと取り入れる」ことを改めて意識していくことが大切ではないだろうか。

今週、国立がん研究センター予防研究部部長である井上真奈美先生のご講演を初めて聴かせていただいた。この機関は、世界的にJPHC研究で有名であるだけでなく、科学的根拠に基づくがん検診マネジメントやガイドラインなどをホームページで一般向けに公表されたりもしている。

https://www.ncc.go.jp/jp/cpub/index.html

https://ganjoho.jp/public/index.html

今回は、「アルコールとガン」関連についてのテーマであったのだが、大変勉強になった。

 

井上先生のお話しによると、

そもそも癌という疾患は、本来欧米に多い疾患であったとのこと。それが、年々日本でも増加していき、1981年以降はずっと日本人の死因の第1位となっている。

そして2016年以降、日本でがんと診断されたすべての人のデータを、国で1つにまとめて集計・分析・管理する「全国がん登録」制度が始まり、より正確な情報が得られるようになり、さらに詳細に解析をされている。その解析結果を基に、基本的なコンセプトも、「がん研究」から「がん予防」に軸足もスライドさせておられるとのこと。

 

日本人での癌に関する臨床的なエビデンスも多数ご紹介いただいたのだが、非常に印象的だった論文があったのだが、それは以下の様な内容であった。

少量~中等量のお酒を飲むグループでは、男女の全死亡リスク及びがん、心疾患、脳血管疾患による死亡リスクが減少していた。しかし一方で、多量飲酒グループでは死亡リスクが統計学的有意に上昇していた (J Epidemiol. 2018; 28(3): 140–148)。しかも、詳細を見ていると、毎日アルコールを飲まない様な機会飲酒の人達の群が、がんや脳卒中などのリスクが最も低かった。

これはつまり、休肝日と死亡リスク低下は有意に関連していたという結果であった。また、適量については、今まで言われていた通り、お酒は日本酒換算で一日1合(ビールなら大びん1本、ワインならグラス2杯)程度までに控えておいた方がよいとのことだった。

 

今の時代でも、飲み会の時にソフトドリンクを注文しづらい空気が、まだまだあるかもしれない。しかし、この日本人のエビデンスを見ると、僕自身はお酒が強くないので、あまり周りに気を遣い過ぎず、見栄を張らずに、早めにウーロン茶などを頼むようにした方が「自分の身のため」であるのだなと改めて感じた。

今日から、外で飲む時も飲み過ぎないように気をつけようと思う。

先週末、久しぶりに恩師である河盛隆造先生のご講演を聴かせていただいた。

 

河盛先生の講演会というと、いつも超満員の聴衆が集まるというのが非常に印象的である。その幅広く、あらゆる人達を虜にする人間性は、本当に魅力的だなと私も思っている。

私も、伊豆にいる時に何度か座長をさせていただいた。その度に、三島・沼津周辺で最も広い会場を手配してもらっていたのだが、それでも立ち見が出るほどの医療関係者に集まっていただいた。通常の医療勉強会と比較すると、3倍くらいの集客があることに、分かってはいるつもりでも驚きを隠せなかった。

 

そして、ご講演を聴く度に反省させられる。それは、河盛先生のご講演を何か月か振りで聴くと、かなりのスライドがアップデートされている点である。現役で教授をされていた当時、その傾向は凄まじく、3~4か月後には、3割程度のスライドが最新の医療データにアップデートされていたこともあった。

それは、河盛先生が常日頃勉強を欠かさずされており、また、新しい情報が無いかも常にアンテナを張っておられるためだと、私なりに考察している。

 

私が大学院生だった頃、一番勉強しなくてはいけない時期にもかかわらず、データ解析や外来業務等の忙しさにかまけて、最新の医学論文などをなかなか読めないでいると、たまたま行った河盛先生の講演会で、私がまだ読んでいない今月発表されたばかりの最新の医学論文等の情報をバシッバシッとご紹介されているところを何度も目撃することがあった。

その度に思うのは反省の念しかなく、僕よりもご多忙でおられるはずなのに、どうやって常に最新の医学情報をキャッチアップされているのか、その超人ぶりが不思議でならないと思うことも度々あった。

 

そして今回も、最近アクセプトされた医局員の医学論文や、最新の糖尿病治療薬のエビデンス・データ等もご紹介されていた。幾つになっても、新しいことにきちんと対応されている姿勢は変わっておられない。

巷では、歳を取ってしまうと時代に追いつけずに、昔の話しばかりしてしまう年配の経営者や管理職に悩まされている社員も少なからずおられると思う。

ただ、優れた人は年齢が何歳になろうとも貪欲に新しいものをどんどん取り入れて、しっかりと時代のリーダーとして常に若い世代の見本になっておられる。

 

我々も言い訳せず、何とか新しいことを毛嫌いせずに、どんどん取り入れながら、幾つになっても進化していきたいものである。

東京の今年の節分の日は、例年よりも暖かかった。しかし、僕の幼い頃の節分のイメージとしては、本当に底冷えする「みぞれ交じりな天気」の京都市内である。ただ、楽しみな日でもあった。親に頼まれていた古いお守りやお札を持って吉田神社行き、大きな火柱が立って炊き上げている火炉の中に放り込む。そして、それが終わると、京大正門からずっと山道に続く参道に、たくさんの出店がひしめいており、それを一店一店覗き込みながら、何を買うか真剣に考えていた。そして、たくさんの同級生や友達ともすれ違いながら、甘いものや温かいものを買い食いしていた。

 

家に帰ると、母親が恵方巻きと鰯を用意していた。夕食が近づくと、いよいよ鰯を焼きだし、臭い匂いが家中に立ち込めた。これは、「塩鰯を焼く臭気と煙で鬼が近寄らない」という言い伝えがあるとのこと。それが終わると、恵方を向いて無言で恵方巻きを食べた。

まだ、妹も生まれておらず、父親の帰りもまだ遅かったので、これを母親と二人でやっていたことを思い出される。

そして、夕食が終わったら豆まき。夜はさらに冷えるので、日頃極力窓は開けたくないのだが、豆まきの時は楽しみしていたので、全く苦にならなかった。

 

あの頃を振り返ってみると、当時の光景は、深々と冷える静かな夜であったような気がする。

 

学生となり、関東に出てみると、恵方巻きは売っておらず、ましてや臭いが気になる鰯を焼く習慣などは、同級生で知っている人はほとんどなかった。

 

それが今や、コンビニ・スーパーでは必ず恵方巻きの宣伝がされ、デパ地下では超高級ですごい値段の恵方巻きも登場している。ある意味、ハロウィーンなどと同様のイベントものになってしまっているのが、昔の静かな京都の夜を思い出すと、不思議な気がする。

ただ、思っていた以上に、東京近郊でも節分祭をやっている寺社もあり、やはり日本中どこに行っても、同じように伝統が受け継がれているのだなと再認識することもある。

 

苦手な冬も、この時期を乗り越えると、少しずつ春を意識できるようになってくる。何とか風邪を引かずに、花粉症にも負けず、この冬も乗り切っていきたい。