7月 2019

「OARSトランプ」と言われても何のことか全く分からないと思う。僕自身、今回初体験した。

実は、認知行動療法で「OARS」とは、開かれた質問(Open question)、是認(Affirming)、聞き返し(Reflection)、要約(Summarizing)の4つのことを指し、認知行動療法の中でこの4つが戦略的スキルと考えられているらしい。

 

東京都済生会中央病院で長らく糖尿病外来をされており、現在は野村総合研究所の専属産業医もされている村田千里先生が、動機づけ面接の勉強会を毎月開催されているとのことで、今回初めて参加させていただいた。

 

正直、今まであまりきちんと認知行動療法のことを勉強したことがなかったので、ぶっつけ本番的でかなりドキドキした。そして、知識不足のため、周りの参加者に少なからず迷惑をかけてしまった。しかし、みなさん嫌な顔一つせずに、大変親切に教えていただいて、有り難かった。

 

そんな完全に知識不足の中、今回、いきなり「OARSトランプ」というゲーム形式の「動機づけ面接」のロールプレイに参加することになってしまった。

 

セミナー参加者が10人程で円を作り、トランプカードと同様に、裏面の内容が異なるオリジナルのカードを各人に2~3枚ずつ配る。そのカードには、「単純な聞き返し」「複雑な聞き返し」「Open question」「要約」というような内容が書かれていた。そして、1人が相談者役となり、医療者役は自分が持っているその手札を出しながら、それに見合った質問をしていった。ちょっと、初心者にはハードルが高く、かなり冷汗をかいた。

 

そして、2回目は相談者役をしてみたのだが、その時の感想としては、「単純な聞き返し」「複雑な聞き返し」として、ただ聞き返されているだけなのに、色々なことを話したくなる時が何度かあった。これこそが、動機づけ面接の本髄ということだそうで、特に提案やアドバイスをしなくても、クライアントから「change talk」を引き出し、行動変容を起こさせていくことなのかなと思った。

 

今回、コーチング、チームビルディングに引き続き、「動機づけ面接」の勉強もしてみた。今後も、自分にできる限りリミッターをかけないようにして、色々な行動療法関連分野の勉強会にも参加していきたいと思う。

慶応義塾大学病院は、1999年に289グラムで生まれた東京都の女性が6月に20歳になったと発表した。

https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2019/7/23/190723-1.pdf

成人を迎えた日本人としては、最小出生記録という。病院によると女性は、妊娠23週に289グラムで出生。当時、世界で3番目に小さく生まれ、日本では最小だった。高校ではバスケ部に所属し、現在は企業で働いているという。女性は「20年間楽しく過ごしてきました。ここまで育ててくれた両親に感謝しています」とのコメントを出した。

千グラム未満で生まれた赤ちゃんは超低出生体重児と呼ばれ、体の機能が未熟で合併症が起きやすく、命に危険が及ぶ場合もある。医療技術の進歩で救命率はこの半世紀で10%未満から約90%に上がった。

(日本経済新聞 2019年7月24日 朝刊)

 

289gで出産し、20歳になって成人されたということは、本当に凄いことだと思う。これも、日本の医療技術が極めて高いことを示した象徴的な記事ではないかと思う。

 

この記事を、なぜ僕がブログで紹介するのか、ちょっと不思議に思われるかもしれない。

 

実は、この女性の20歳のお祝いということで、僕の妻が先日、彼女の自宅まで行かせてもらって来た。

その時一緒に撮った写真も、帰ってから見せてもらった。

 

1999年当時、僕の奥さんは慶応大学病院NICUの看護師として働いていた。

まだ新米の頃だったにもかかわらず、この子の担当になっていたようで、当時からよく話しを聞かされていた。そして、この子のご両親とも仲良くなったようで、退院後もずっと年賀状のやり取りをしていた。

このため、基本、年賀状の写真だけではあるが、僕自身もこの子の成長をずっと見せてもらっていた。

実際、僕の奥さんも、久しぶりに直接会って、「非常に元気そうで、しっかり社会人をしていた」と嬉しそうに話しをしていた。

 

289グラムで生まれた赤ちゃんか、どんな風に元気に育っていくのか、どんな障害が残るのか否かは、当時の小児科の先生方も予測がつかないところがあったようだ。

ただ、今回、この様に無事成人され、きちんと高校を卒業し、社会人で働いておられることが、世の中に知られることによって、現在、超低出生体重児で生まれた子の子育てをされている親御さん達にとっては、非常に勇気づけられるニュースなのではないだろうか。

 

是非みなさんも、プレスリリース内に、出生直後でNICUに入院中の写真と、最近の写真とが掲載されているので、一度見ていただければと思う。

先日、久しぶりに東京医科大学 糖尿病・代謝・内分泌内科 小田原雅人教授のご講演を聴く機会があった。小田原先生の講演は、糖尿病の最新の臨床研究のエビデンスを分かりやすくご講演される先生で、僕自身も、昔から何度もご講演を聴かせていただき、いつも大変勉強になり、参考にもさせていただいている。

 

産業医になって以降、SGLT-2阻害薬についての最新のエビデンスについて、なかなかアップデートできない状況にあったので、今回も大変勉強になった。

 

小田原先生も仰っていたが、SGLT-2阻害薬が発売開始になった当初は、日本中の糖尿病専門医は、胡散臭い薬が出てきたといった印象を持っていた。特に脱水や虚血などの様々な副作用が懸念されて、私自身も、かなり慎重に投薬を開始し始めた。

それが、何年間の間に、我々の予想を良い意味で裏切り、他の薬剤に比較して短期間でも動脈硬化抑制作用があるという大規模臨床研究が次々に発表され、本当にSGLT-2阻害薬という薬剤の評価が大きく変化しつつある。

 

この心血管系複合エンドポイントを有意に抑制できること(EMPA-REG OUTCOME試験、N Engl J Med. 2015; 373(22):2117-28.)は、DPP-Ⅳ阻害薬では未だに認められていないことである。さらに、総死亡の抑制、心不全入院の抑制や腎合併症の進展抑制も認めることがCANVAS program (N Engl J Med. 2017; 377: 644-57.)やCREDENCE試験(N Engl J Med. 2019; 380(24);2295-2306)の結果から明らかとなってきた。

 

小田原先生は、なぜSGLT-2阻害薬が予想外に、副作用が少ないかの理由として、「家族性腎性糖尿」を例に挙げておられた。学校健診において、時折、尿糖陽性を認めるも、糖尿病ではない子供を見かけることがある。これはこの遺伝的素因が考えられ、その原因として「SGLT-2遺伝子突然変異」が理由と考えられると話されていた。そういった意味で、SGLT-2を阻害するということは、我々が想定していた以上に害が少ないのではないかということだった。

 

また、CREDENCE試験では、e-GFRの値が30-45と腎機能低下を既に認めている患者であっても、血糖値の低下は僅かであるが、血圧や体重の低下、e-GFR値の保持といった、血糖降下作用以外の効果を認めることが分かった。そういった意味では、単なる経口血糖降下薬だけでなく、今後、より幅広い患者さんに使用されることになっていくかもしれない。

 

実際に、欧米では、糖尿病治療アルゴリズムで、第1選択薬としてSGLT-2阻害薬を使用することが推奨され始めている。

 

僕自身、最近、健保や企業の保健師さん向けに、糖尿病の薬物療法の講義を行うことも増えてきた。このため、こういった糖尿病の最先端の情報を知れることは、大変有り難い。僕自身が得たこれらの情報を、多くの職域の医療職に伝え、日本の働く方々の健康増進に少しでもお役立ちすることができればと思う。

実は、司馬遼太郎の大ファンである。

一時期、怒涛のようにあの長編小説たちを読み漁っていた時期がある。当時、本当は英語の医学論文をたくさん読まなくてはいけなかったのだが…。

 

そう言ったことで、「司馬遼太郎」とあると、ついついその本を買ってしまうクセがある。ただ、実際に司馬遼太郎が書いていない文章では、やはり物足りなさを感じることが多いとも思っていた。

今回も、つい衝動買いしてしまったが、読み終わった時にガッカリしないか一抹の不安はあった。

 

 

「「司馬遼太郎」で学ぶ日本史(磯田道史;NHK出版新書)」読み進めてみて、これは面白いと思い、結局一気に読み終えてしまった。

 

この磯田氏の本を僕は初めて読んだのだが、伊達にテレビなどのメディアに出ているわけではないことがよく分かった。司馬遼太郎の本をしっかり読みこなし、そして文面から司馬遼太郎愛も感じられた。

司馬遼太郎という歴史小説の物書きが、どういう人物で、そして戦後の日本人にどの様な影響を与えたかを、上手に解説してくれている。是非、ビギナーの方もこの本を読んで、司馬遼太郎のどの本から読めばよいのか参考にしてもらえればと思う。

 

そして驚きだったのは、磯田氏は、「司馬遼太郎全作品の中で「花神」こそが最高傑作であると思う」と書いている。この「花神」は、「竜馬がゆく」や「翔ぶが如く」といった超人気作品に比べるとマイナー感は否めないからだ。

ただ、実は、僕が司馬遼太郎にハマったのもこの「花神」を読んだのがきっかけだった。

僕の実父は本好きで、若い頃からたくさん色々なジャンルの本を読んでいた。僕が大学院生だった頃、帰省していて実家で何気なく親父と話しをしていた。医者にも色々言うという様な話題になった時に、「幕末、倒幕にあたり、近代的な戦術を考えたり、大砲を載せた船を設計したのは、長州の田舎の百姓医者で、刀も馬も全く扱えないのに、蘭語ができることがきっかけで、本人も思いもかけず、軍人として日本の中で一躍時の人になっていった」という話しをしていた。それが司馬遼太郎の「花神」という小説になっているから、一度読んでみろと言われた。

 

大学院時代、臨床に加え、データ解析や先行文献で英語論文を際限なしに読まざるを得ない様な状況が続いていた。そもそも学生時代はそこそこ小説なども読んでいたが、医者になってから、一般の書籍を読むような時間と余裕は全くなかった。

それが、大学院を卒業し、ちょっとした気の緩みがあった時に、父親との会話を思い出し、ついつい初めて司馬遼太郎の「花神」を買ってしまった。本屋に行くと、思っていた以上に分厚い本で、しかも上中下の3巻であった。

忙しい中、ちょっと気分転換にと思ったが、腰を据えて読まないと読み切れない文量であった。

しかし、読み始めた途端、大村益次郎という人が自分の意に反して世の中心にどんどん取り入られていってしまう思いがけない意外性や、幕末のその時代の日本がどういった状況だったのかを、本当にリアルに感じさせてくれる内容で、僕の本業に差し支える様な勢いで、一気に3巻読破してしまった。

それ以降、かなりの英語論文を読む時間が、司馬遼太郎の小説の時間となっていってしまった…。

 

 

「「司馬遼太郎」で学ぶ日本史」では、司馬遼太郎が何故大村益次郎という人物を題材にして小説を書こうと思ったかという背景などについても、分かりやすく解説してくれている。

今度は、磯田道史氏の他の著作についてもさらに読んでみたいという気になった。

先日、コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社の竹端直弥さんの「コーチングxコンサルティングの視点から見た「ワクワクする組織づくり」で大切なことは?」といったタイトルで、如何に組織を活性化させるか参加者でデスカッションしながら考えていくといった趣向のセミナーがあり、参加してきた。

 

まず、そもそも「ワクワクする組織とは?」と言ったことを、参加者みんなで話し合った。たくさんの素晴らしい意見が出されていたが、その中でも印象的だったものとして、「安心・安全」「腹を割って話せる・否定されない」「お互い共感できる・志が同じ」「自己達成と社会貢献の両立」などといった意見が出されていた。

これに加えて、竹端氏は、「金銭面を気にすることなく、仕事に専念できる」「「他者によく見られる」や「自分の弱さを隠す」といったことが存在しない」といったこともあるのではないかと、話されていた。

 

また、「ワクワクする組織におけるマネジメントとは?」といった問いに対しては、「単なるマネジメントは不要で、全員が各々のリーダーシップを発揮し、共鳴し合うこと」ではないかという見解も述べられていた。

 

僕自身も今までの経験の中で、非常にワクワクする組織の中にいた時は、やはり上記の様な雰囲気がかなり多分にあったと思える。逆に、非常にワクワクすることが難しい組織の中にいた時は、上記の様な環境がほとんど作れなかったような気がする。

 

そして、このセミナーに参加して強く感じたこととして、マネジメントとリーダーシップについての関係が印象的だったなということであった。僕自身の個人的見解としては、令和の時代のマネジメントは、昭和の時代と異なり、かなり裏方に徹することが求められている時代ではないかと感じている。

セミナーの中でも竹端氏は、上記で触れたように、組織内の各個人がリーダーシップを発揮してもらうために、これからのマネージャーは、管理していくのではなく、それぞれ各人の意見をどんどん発信してもらえるように気を配り、これによって各人のポテンシャルを最大限発揮できる環境を整えていくことが求められるのではないかと、スライドをまとめておられた。

 

確かに、素晴らしいカリスマ・ワンマン経営者も世の中には少なからず存在するが、現場の状況を常にきちんと把握できていないと、いずれ「机上の空論」となり、現場のスタッフは白けていってしまう。そして、そうした環境ができてしまうと、今の時代、もれなく離職者が多発していってしまう。

 

だからこそ、日本の中で「ワクワクする組織づくり」が話題になり、これについての対策法をしっかり管理監督者達が理解し、実行に移せていけるようにしておかなくては、あっという間に悲惨なほど組織が崩壊していってしまう時代になってきていると言えるのではないだろうか。

 

また、こういった勉強会には機会があれば、自分自身も怯まずに参加していきたいと思う。

今週の伝塾では、同期のママさんドクターでもある「よっちゃん」こと、山越志保先生の担当会であった。

話題提供として、長時間勤務者についての対応について、プレゼンテーションしていただいた。

 

世の中は働き方改革の波に押されて、急激に残業が減ってきているが、実際にはどの会社もこの「残業削減」を行うために、色々な苦労をしながら対策に追われている。

 

今回提示していただいた事例の1つが、アニメ制作会社であった。アニメ業界は、医療業界に引けを取らないくらい、多くのスタッフがかなりの長時間残業時間をしていることでも有名な業界である。

山越先生が産業医をされている会社も、赴任当初は正にその状態で、月100時間を超えている社員も沢山おられたとのこと。

 

そこで、衛生委員会等で、社員との信頼関係を少しずつ築いていきながら、山越先生の強い要望を人事部の人達も快く受け止めて、全社員のヘルスリテラシー向上のために、4~5名を1グループとしたグループ研修を1年半かけて、3クール行ったとのこと。それにより、生活習慣病や腰痛対策、メンタルヘルスケアについてなど、直接全社員に話しかけることができ、次第に社内のヘルスリテラシーも徐々に上がっていったとのこと。

 

また、これらのグループ研修や衛生委員会等を通して、現場の声を拾いながら、役員クラスや人事の方々とも協力し、必要な部署に人を増やしたり、可能な業務はアウトソーシングしたりと、様々な「残業削減」対策について工夫を行っていくことによって、赴任当初と比較すると格段に残業時間の短縮が図れたとのこと。さらに、特にそれによって業績が下がることはなく、今流行りの「生産性向上」も図ることができた。

 

他にも、半導体メーカーの事例も紹介されていたが、両社に共通していたことは、社長や管理職・役員クラスの方々が、職場の業務改善、働き方改革を行おうと、自ら率先して音頭を取ったこと。

よく巷では、残業が減れば売り上げも下がると言われたりもするが、この両社は、業務改善後も業績は変わらず好調とのこと。

あとは、残業代が減った分のお金を、如何に社員に還元していくかということが、大切なのではないかという議論にもなった。

 

きちんと現場の声を拾うようにしたり、社長が先頭を切って音頭を取ることで、不思議なくらいに、勤務時間が減っても業績は下がらないことが多い。そういう意味で、やはり今までは働き過ぎていたわけで、ある程度まで残業時間を減らしても、きちんと業績を上げている会社ではむしろ「生産性向上」の方向に進んでいくことがかなりの高い確率でできていくのではないかと実感させられる事例紹介であった。

 

ママさんドクターでありながら、そういった母性の愛情を、産業医として会社に注いだことによって、その恩恵を受けた会社がさらに活気づいた事例と言えるのではないだろうか。今回も、本等に素晴らしいプレゼンテーションが聴けて、非常に勉強になった。

2015年11月に初版された「社員29人以下の会社を強くする50の法則」(金村秀一;明日香出版社)を読んでみた。これも、家の中で山積みされていた1冊である…。

 

著書の金村秀一氏は、自らも長年中小企業の経営者を続けて来られた中で、様々なことを考え・取り組み、現在は「社員数30人以下のヒト・モノ・カネの悩みを解決するために成功し続ける社長の経営塾”100年塾”」も主宰しているとのこと。

 

少し古い本ではあるが、非常に大事なポイントが多く含まれており、大変参考になることが多かった。やはり、それは自らの体験から得たものを具体的に言葉にされており、一つ一つの言葉に非常に説得力が出ているのではないかと感じた。

 

幾つも印象的な言葉があったのだが、少しだけ例挙させていただきたい。

まずは、「マニュアルを社内で機能させ続けるためには、その業務の実施直後から、すぐにマニュアルをバージョンアップさせていくことが重要」。

もしかしたら、そういうことをしておくと上手くいくんじゃないかな、とは思っていたが、実際にそれを実行している方達がいるんだと分かり、本当に頭が下がる思いがした。

今後、働き方改革を実行していく上で、いかなる業務であっても、社員の誰でもが担当できる必要性が高まってきている。このため、マニュアルをバージョンアップさせておけば、翌年担当者が新しいメンバーが担当することになったとしても、スムースに対応していくことができる。

 

次に、「社員満足度を調査する」こと。巷ではよく「うちの会社には優秀な社員がいない。もっと優秀な人材がほしい」ということを聞くことがある。しかし著者は、これは単なる勘違いだと断じている。「会社というのは不思議なもので、今の会社の身の丈にあった社員が入社してくる。もし優秀な社員が入社してきても、会社の風土に合わなければ、その社員は辞めていく」と書かれている。「優秀な社員がいないのであれば、それは会社の環境が整っていないからであり、社長が優秀ではないからです」。

また、「会社から信用されていない社員が、会社のことを信用することはありません。社員の会社に対する不信感が高まり、離職率が高くなる。そして、サービス提供のクオリティが下がり、結果としてお客様の満足度を下げる」ことになる。

本当にその通りだと思う。さらに、会社の風土を良くしていくためには、「能力よりも考え方(価値観)が合っていること。価値観は放っておくと、どんどんずれていきます。定期的に価値観を合わせる仕組みが必要です」。そのためには、「朝一番の時間帯に、社長自らが全社員に対して感謝する時間をあらかじめ確保する」とのこと。

本当に、素晴らしい取り組みだと思った。人は皆、「認められている」と感じられることが大切だと

、私も最近つくづく思うようになってきている。是非、著者を見習って、常日頃から周りの方々に、今まで以上に感謝の念を伝えるようにしたいと思う。

先週末も、「メンタルヘルス法務主任者・産業保健法務主任者資格講座」に参加した。

今回も朝9:30から17:30までと、中身の大変濃い内容で、大変勉強になった。

 

今回、特に印象的だった内容は、「ハラスメントの失敗学」というタイトルで、近畿大学法学部教授の三柴丈典先生からたくさん紹介していただいた、ハラスメントに関する判例の数々であった。

ご存知の通り、今年5月に職場でのパワーハラスメント(パワハラ)防止を義務付ける関連法案が可決・成立された。ただ、我々一般人は、どの様な背景でこういったものが法律化していくまでに至ったかを詳しくは知らない。厚生労働省のホームページ上でも、「パワハラの定義」などが紹介されている。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000126546.html

 

三柴先生によると、代表的なパワハラの判例は、ともに平成19年に確定した「名古屋南労基署長(中部電力)事件」と「静岡労基署長(日研化学)事件」とのこと。いずれも「公然性のある人格否定的発言」や「不条理な指示の繰り返し」「その態度に嫌悪の感情の側面があった」などの、所謂、現在パワハラと思われる要素を、初めてパワハラとして裁判所で認定した判例として、紹介いただいた。

そして、「パワハラの認定に際し、本人の職務遂行能力(の低さ)は、さほど考慮されない」ことが示唆されるとも話されており、大変参考になった。

 

さらに、三柴先生は、「もし、そのポジションに対する能力が低い社員がいるのであれば、そもそもそのポジションを外すべき」とも仰っていた。

日本では、まだまだ組織内での年功序列の意識が強く、管理職として能力がさほどないにもかかわらず、順番で管理職を任されることも少なからずある。

ただし注意しておきたいのは、今までのパワハラのトラブル案件の傾向として、そういった「本来管理職としては適性の低い管理職がトラブルを起こしている」ことが多いとも話されていた。

 

昭和の時代には、上下関係が強固で、上司はかならず部下は自分の言うことを聞くのが当たり前であった。また、終身雇用制度の強い時代だったため、少々強く怒られても、そのことが理由では、安易に退職することはなかなか考えられなかった。しかし、令和の時代、その状況は驚くほど大きく変わってしまっている。にもかかわらず、昭和の時代感覚を未だに拭えないまま、「上から目線」でものを言ってしまうと、今の時代、それは忽ち「パワハラ」となってしまう。

 

我々産業医も、各社での衛生委員会等で説明を求められた時に、パワハラを無くしていくためには如何にしていけばよいのか、こういう判例を勉強することによって、具体的にかつリアルな話をすることができるのではないかと思う。

 

以下余談:

今回、長良川での飲み会の翌日だったので、他の先生方がまだ寝ておられる間にホテルを出て、始発近い新幹線に乗るために名古屋に移動し、隙間の待ち時間に駅のホームのきしめんを食べ、爆睡しながら東京へ向かった。受講中3回くらい気がつくと居眠りしていたが、それでも十分に聴きごたえのあるボリュームの内容であった…。

先週末に、ジヤトコ株式会社の統括産業医されている西賢一郎先生にお声掛けをしていただいて、東海地区の産業医の先生方が集まった「東海産業保健研究会」にて、「産業医が知っておきたい最近の糖尿病の知識」という内容で講演をさせていただいた。

 

この勉強会自体は、名古屋駅前の会議室で行われたのだが、その後、全員で電車とタクシーを乗り継いで、岐阜の金華山の麓まで移動した。ホテルからは、長良川を挟んで金華山頂の岐阜城が見えた。

 

僕自身、金華山の近くに行ったことは初めてだったので、大変嬉しかった。

そして、司馬遼太郎ファンとしては、岐阜城と言えば何と言っても、斎藤道三の「国盗り物語」。油売り・難攻不落・織田信長と、強烈なインパクトのある内容がひしめき合っている長編ベストセラーで、僕自身も一気に読み切ってしまったことを思い出す。

 

残念ながら、タイトなスケジュールであったため、名物の「長良川の鵜飼い」を見ることはできなかったが、楽しい宴となった。今となっては珍しく、畳部屋に5人一緒に泊まるといった、昭和な感じもよかった。2次会は、この男5人部屋の1室に総勢13人が集まって、ワイワイビールなどを飲みながら色々な話しをすることができた。

 

今回は、僕以外は全員が産業医大卒のバリバリの産業医の先生方で、自動車や航空・宇宙系など、日本の最先端工業を支える東海地区の企業・工場の安全をしっかり守られている先生方であるので、直接お話しが聞けて大変勉強になった。

ひとつ印象的だったことは、もちろん産業医の先生方も施設内の安全を守っているのであるが、やはりこういった工場等では、そもそも社員の方々の安全管理が伝統的に極めてしっかりされているということであった。正しく、これこそが日本の工業が世界で通用している、大きな要因の1つなのではないかとも感じられた。

 

また、東海産業保健研究会の先生方は、5月の名古屋で開催された日本産業衛生学会の主催者メンバーの先生方でもあった。このため、大御所の先生が会場内での意外なアクシデントでケガをされて、救急車を要請したことなど、今学会での苦労話・ウラ話など、一般会員では知り得ない情報も飛び交っていて、それも大変印象的であった。

 

ただ、今回も感じたことは、こういった本物の産業医の先生方が、日本の産業を支えていくために、日頃からこうやって定期的に研究会を開催したりして、お互いに勉強されている向上心であった。自分もまだまだしっかり多くのことを学んでいかなくてはいけないなと、改めて強く感じた。