12月 2020

実は、東京・日本橋にいきつけのラーメン屋がある。銀閣寺道にある、「ますたに」というお店だ。

かつて住んでいたマンションから、最も近いラーメン屋がこの店だった。今や全国に名が通るようになっており、激戦区の一つである京都市内の代表的なラーメンの一つである。

先日も、ちょうど日本橋に行く用事があって、しかもお昼を食べなければならなかったので、そのラーメン屋に行こうとした。

ただ、数カ月前に少し離れた所に移転するということを聞いていたので、もしやと思ってネットで調べてみたところ、ちょうど移転した店がオープンしている様であった。

このため、その移転したお店に向かって歩いていたところ、週末にもかかわらず、その辺りだけ人が並んでいる。嫌な予感がして、「もしかして並んでいる?」と思って近づくと、案の定、その店で並んでいた。

先に食券を買ってくださいと言われ、券売機で買おうと思ったら、ラーメン1杯100円とのこと。

そういうことかと思い並んでみたが、かなり待ち時間が長そうであった。

結局、別の用事があったため、諦めて食べずに列から離れてしまった。

未だに家にその食券が残っている。そこまでする必要があったのか

 

その1週間後くらいに、また日本橋に行くことがあったのだが、その時は今まであったお店の近くを通ったので、どうして移転したのであろうかと思い、ちょっと寄ってみた。

すると、日本橋の一等地の路地が何か所か塞がれ、通行止めとなっていた。

 

実は、オムライスで有名な“たいめいけん”の向かいにあるのだが、両店とも閉鎖されていた。

 

新聞などの報道によると、野村証券本店のビルも含めて、日本橋の広範囲の一角を再開発して、巨大なビルを建設予定しているとのこと。

 

またさらに1週間後に、八重洲に立ち寄ったところ、これまた東京駅の向かい側が、日本橋と同様に、かなりの広範囲の一角を封鎖して、いかにもこれから立て壊しを始めようとする様子であった。

 

本当に東京というところは凄いなと感じる。

まさしく日本の中枢と言えるべきエリアで、たくさんのビルがあり、各ビルの中に様々なお店やオフィスがある中で、全部の店舗が立ち退き・移転を行い、かなりまとまった規模の再開発していくということらしい。

メリットが大きいからできることなのか。

 

ただ、東京でできるのであれば、他の都市でも、こういったことを主要な駅前開発などを行うことは可能ではないだろうかと思ってしまう。

大きなビルが建てばよいというものでも無いが、今後、仕事がどこでもできるようになってきた時に、千葉や埼玉、静岡、仙台、広島など、サテライトオフィスが主要な駅前に出来てくれば、ますます東京から人を集めることができるのではないだろうか。

 

こういった事例を目の当たりにすると、働き方が大きく変わる中、地方都市もそのニーズに応えて、東京に負けないようにどんどん変化していくことも大切なのではないかと、つい思ってしまう。

世の中に、スターバックスに関する本は数多とあると思うが、今回、「スターバックスはなぜ、値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?」(John Moore著、花塚恵 訳:Discover21;2014)、「感動経験でお客様の心をギュッとつかむ!スターバックスの教え」(目黒勝道 著:朝日新聞出版;2014)、「スターバックス流 最高の育て方」(毛利英昭 著:総合法令出版;2019)、の3冊読んでみた。正直、どれを選べばよいものなのか判別が自分にはよくできなかったので、とりあえず手当たり次第に選んで買ったのがこれらの本であった。

なぜ、スタバの本だったかと言うと、残念ながら先月限りでスターバックスのある店舗での産業医業務が終了した。産業医開始後、スタバのことについて知りたいなと思い、結果3冊読んだのだが、改めて感じたことをまとめてみたいと思う。

 

いずれの本も内容は似通っているところが多い。やはり、スターバックスの特徴は、ミッションステートメントとして、理念や価値観を最上位に掲げ、次に経営戦略や組織目標を定め、それを実現するための短期的な目標やアクションプランへと展開するといった、体系的な組織全体のマネジメントを行っていくという、方針が非常に明確になっているとことであろう。BHAG(Big Hairy Audacious Goals)「心に活力と栄養を与えるブランドとして、世界で最も知られる、尊敬される、朽ち果てることの無い偉大な企業になること」というミッションステートメントの概念を、パートナーと呼ばれている社員一人一人がしっかりと認識し、意識できるように常日頃から教育・研修を行っている。

 

そして、理想的なコミュニケーションを求めて、パートナーが身につけるべき3つのスキルを「スタースキル」と呼んで分かりやすく明示している。

➀自信を保ち、さらに高めていく

②相手の話しを真剣に聞き、理解する努力を怠らない

③困った時は助けを求める

一見、平凡なように思えるが、やはりよく考えが練られていると思う。

まず、➀とは、仕事に対しての誇りを示している。そして、コーヒーを通して、お客様に驚きや感動、安らぎなどの価値を提供している自負を持ち、仕事に励もうという思いが込められている。

そして、②は、まさしくコーチングの傾聴や承認といった要素が含まれている。上意下達の意思伝達ではなく、相手を尊重しながら、相手の立場に立って考えるという、ホスピタリティを大切にすることに繋がっていくと考えられる。

③は、「仕事は見て覚えろ」的な上下・師弟関係ではなく、助けを求めることを歓迎し、逆に助けを求められたら、逃げずに手を差し伸べる。そういったお互い積極的に助け合える環境づくりを進めていく。

これら3つを見ただけでも、まさに令和の時代に必要な職場環境ではないかと思える。

 

経営資源としても、最も重要なのは人的資源であるという考え方がしっかりと浸透しているのも特徴だ。

そもそも、モノを売っているというよりは、先程のお客様に価値を提供するという、人に対する考え方が社内にも行き届いている。

このため、従業員を消耗品のように扱うのではなく、誰もが働きたいと思うような就業環境を作ることで、優秀な人材を集めミッションステートメントに基づく理念や価値観を実現しようとしている。

 

スターバックスには、マニュアルはあまり存在せず、一人一人が、顧客が満足するような体験を店内でできるような気持ちを常に心がけてコミュニケーションを取るようにしている。それを当たり前のこととしてできるようにと心がけている意識の高さが、やはりスターバックスの強さであり、他社や医療関係者も、そういった考え方は、会社運営・病院運営上、非常に参考になるのであろう。

 

僕自身も、安全衛生委員会に出席するたびに、その季節に合ったコーヒーを出していただき、なぜ今日このコーヒーを選んだのか等、本当に毎回親切に教えていただいた。今まであまりコーヒーを飲んでいなかったのだが、最近はかなり意識してきちんとコーヒーを飲むようになった。

コロナ禍の影響で、スターバックスにおいても様々な影響が他の飲食店同様出ているが、それでも常に明るく、「人、人、人の経営」は全く揺るぎがない。「マニュアルだけで感動を提供することはできない」とは、まさにその通りだと思うし、来年以降、コロナが過ぎれば間違いなく以前の通りにお客さんはお店を訪れるであろう。是非、これからもこういった理念が変わることなく、人を大切にし続ける企業であり続けてほしい。

朝の連続テレビ小説「エール」が終わった。

毎日欠かさず見ていたわけではないので、偉そうなことは言えないが、今回、日本の昭和の戦前から戦後にかけての音楽の変遷がドラマを通して、かなり分かりやすく知ることができた。

古関氏が、なぜ「六甲颪」もジャイアンツの「闘魂こめて」も作曲したのかとか、早稲田大学・慶応大学等の応援歌を手掛けたのかなど、今の時代では信じがたいようなことが、歴史の経過とともにドラマ仕立てで(当たり前か…)理解できたのは、非常に意義深いと思う。

 

そして、戦時歌謡のことも、これまではタブー視されているようなところがあったと思うが、どの様な背景があったかも全く知らない今の我々にとっては、こういった戦時中の人達の思いも含めて知れたことは大変貴重であった。

 

そして、戦時歌謡を作っていた作曲家が、戦後歌謡の大作曲家としても活躍していく。これも、ちょっと想像がつかなかったが、その経緯やその当時の人達の思いが伝わってきた。

戦争直後、少なからず世の中の反感が燻る中で「とんがり帽子」の曲がラジオから流れて来た時に、当時の人達は本当にどんな思いや感情を抱いたのであろう。

あまりにも曲調が異なり、しかも子供達が歌い上げているのを聴いて、多くの人に熱いものがこみ上げてきたのではないだろうか。

 

戦後生まれの我々も、こういった数々の名曲が、時代に翻弄されながらも、しっかりと地に足をつけた形で世の中に広まっていったことを、順序立てて知ることは、日本の歴史を知る上でも大切だと感じた。

 

 

以下、蛇足だが、

僕自身、京都で生まれ育ち、歴史に登場する寺社仏閣も、子供の頃からの生活の中で馴染みがあるところも多く、地理的なアドバンテージを活かして、日本史の勉強を進め、理系なのにかなり偏差値も高かった(受験には、結局何にも活かされなかったが…)。

今回のドラマを観れば、戦前から戦後にかけての古関の音楽を知る中で、かなり日本史の勉強にもなると思うし、数々の曲を思い浮かべながら勉強すれば、さらに頭に入りやすいのではないだろうか。

 

そして、Wikipediaを調べてしたところ、応援歌、行進曲の分野でも数多の作曲を手がけ、和製スーザと呼ばれた。とのこと。

僕自身、Tubaという金管楽器を吹いていたが、マーチングの時はスーザフォンを吹いていた。甲子園のアルプススタンドで一際大きく白い楽器こそが、スーザフォンである。

そういった意味でも、なお一層親近感が沸いた。