3月 2019

先日、現在厚生労働省健康局健康課の課長補佐をされている藤岡雅美先生のご講演を聴く機会があった。

藤岡先生は経済産業省で健康経営や働き方改革を立ち上げられた立役者の1人である。その先生が、今度は厚生労働省にて、健康・食事についても「自然に健康になれる社会に向けて」といったアプローチで、積極的に国としても今まで以上に取り組んでいこうとされているとのことであった。

 

結論として、そして非常に印象的だったのが「Public Health 3.0」という言葉であった。これは「全ての施策の中に“健康”をビルトインする」ということだそうだ。つまり、健康経営や働き方改革との中に、様々な施策が盛り込まれているわけだが、それぞれの施策の中に“健康という施策”を必ず入れ込んでしまうという考え方だ。これは、本当に素晴らしいと思うし、最も成功していきやすい施策方法でもあると感じる。

 

実情として、「健康増進を進めていきましょう!!」と言っても、実際には40~50歳代の男性サラリーマンや経営者の方々は、なかなか興味を示そうとしない。私自身も専属産業医になり、昨年から独立した後も、何度もそういった状況を体験してきた。

このため、藤岡先生によると、「健康」を前面に出すのではなく、「健康分野以外の知識を基に、当事者達が“健康”の価値を感じる形で訴求すること」が重要であると話されていた。さらに、そういう風に流れを持っていくためには、如何にソーシャルマーケティングの手法を活用していくか考えていく必要がある。

しかし、この「ソーシャルマーケティングの手法を活用していく」ということは、なかなか医療者が理解し、実行できることではない。このため、我々医療者もこのようなアプローチ方法をきちんと勉強していくことが必須となってきている。

 

そして今の時代は、企業の命運は「人」が握っていると言っても過言ではなく、このため、「企業は人材投資のため」に「健康経営」に取り組まざるを得ない状況にある。しかも「働き方改革」に向けて、日本の中で「生産性を高めていく」ことが求められている。

この「生産性を高めていく」ためには、「従業員の健康はエンゲージメントに影響する((株)丸井グループ)」や、「身体的リスクとプレゼンティーズムやアブセンティーズムとの関連」「身体的リスクと医療費との関連」といったことを、医療者側から経営者たちにしっかり示していく必要があるとも、お話しされていた。

加えて、そう言ったことを「健康経営銘柄」「低金利融資制度」「ホワイト企業」などといった、国が先導する取り組みによって、「企業の外からもプレッシャーをかける」ことが、より行動変容を生み出していく足掛かりになると述べられていた。

 

今後、藤岡先生達がずっと作ってきていただいたこれらの枠組みを、さらに中身の方ももっと充実させていけるように、我々医療者も企業や社会と連携して、具体的に・学術的にレベルアップし、「自然に健康になれる社会に向けて」の役割をしっかり果たしていくことが重要であると感じる。

青年期のBMIが22㎏/m²以上で将来の糖尿病発症リスクが高まる

~青年期からの体重コントロールの重要性~

 

 

今月19日に順天堂大学HP上で、健康スポーツ室時代から糖尿病内科の医局内でも一緒に働いていた、染谷さんの順大体育学部卒業生の追跡調査研究について、プレスリリースされていたので、ご紹介したい。

 

順天堂大学大学院医学研究科スポートロジーセンターの染谷由希特任助教、およびスポーツ健康科学部・体力体格累加測定研究グループは、同大学卒業生(男性661名、平均55歳)の糖尿病罹患状況と在学時の体格との関連を調査した(観察期間:平均32年)ところ、青年期の体格が正常であっても、BMIが22㎏/m²以上あると、将来の糖尿病発症リスクが高まることを明らかとなった。本研究により、将来の糖尿病の発症には青年期の僅かな体重の増加が影響していることが初めて示され、我が国の予防医学を推進するうえで青年期からの体重コントロールの重要性が示唆された。

 

これは大学卒業以降に糖尿病の有無および糖尿病と診断された年齢を聴取した。また、スポーツ健康科学部(旧体育学部)に50年以上にわたり蓄積された体格や体力のデータから、大学在学時のBMIを算出し、大学卒業から糖尿病発症または調査研究までを追跡(27–36年)したものである。

大学在学時(平均22歳)のBMIを4つの群(BMI21.0kg/m²未満、21.0-22.0kg/m²、22.0-23.0kg/m²、23.0kg/m²以上)に区分し、各群での糖尿病発症率を比較した結果、BMIが増加するにしたがって発症率が上昇していた(各群4.4%、7.6%、10.5%、11.3%)。また、追跡期間を考慮して検討した結果、糖尿病の発症リスクはBMI22.0-23.0kg/m²から上昇していることが明らかになった。つまり、青年期である20歳代前半のBMIが22㎏/m²以上の場合、将来の糖尿病発症リスクが高くなることを明らかになった。

以前より、日本人は欧米人と比較して、同じBMIであっても脂肪を皮下脂肪として蓄えられない、脂肪肝になりやすい、などといった脂肪分布の異常やインスリン分泌が低いことが指摘されてきた。これらの背景を踏まえると、青年期のごくわずかなBMI上昇がその後の糖尿病発症と関連すると推測される。

 

戦前から戦後まもなくにかけての日本人のBMIは20㎏/m²前後であったという。もちろんそれ以前も日本の歴史の中で、ずっと日本人はやせ型の体形をしていた。

それが戦後、いつしか食糧難から飽食の時代と変わっていって、日本人の平均BMIも少しずつ大きくなっていった。

 

しかし、我々の遺伝子自体が変化したわけでは当然ない。このため、元々やせ型の日本人にとっては、20歳前後の体形ですでに、BMI22.0㎏/m²以上といった、日本人にとっては少々脂肪が多い状態であるということが、将来の糖尿病発症リスクを高めるくらい、思った以上に我々の身体に大きく負担をかけている可能性があることが今回明らかとなった。

 

さらに体重の増加は、糖尿病だけでなく、脂質異常症や心血管疾患など様々な疾患にも結びつくことから、中高年期に限らず、青年期などのより早期から体重管理に気を付けることが必要だと考えられる。また大切なポイントとして、ただ体重を減らすのではなく、適切な運動や食事に心がけ、筋肉量を維持することも肝心である。そのためにも、体重の測定だけでなく、身長や体脂肪率も測定するなどして、体格の管理することが重要になる。本成果は、疾病リスクが高まる肥満の基準値がBMI25kg/m²以上とされるなかで、近年、アジア人ではBMI23㎏/m²以上で糖尿病になりやすいと報告されていることを支持する重要な結果であり、本邦の予防医学推進のための大切なエビデンスの一つになると考えられる。

 

 

今後このため、特に若い世代の人達に、10代の頃に体重増加させない様に積極的に啓蒙活動を行い、その親御さん達にもきちんと問題意識を持ってもらうといったことを、日本中の様々な医療従事者や教育従事者がしっかり理解し、指導していくことが、今まで以上に求められていくと考えられる。

 

コミュニケーションの勉強をしていたところ、「バックトラッキング」という言葉を知った。意味を調べたところ、「オウム返し」と同義とのこと。さらに、backtrackの意味を調べてみると、「同じ道を引き返す」とのこと。

 

しかも、ネットで検索してみると、バックトラッキングには、下記の3つのポイントがあるらしい。

・相手の感情

・話の内容の事実

・話の要約

 

コーチングで学んできた自分にとっては、話しを要約することまで含まれていることは、ちょっと意外であった。

しかも、相手の感情についても、話しの内容の事実についても、返してあげることにより、相手は自分の話がよく理解され、受け入れられていると感じるとのこと。これが結果的に、相手との信頼関係を築くことになっていく、との解説があった。

確かに、オウム返しをするということは、話の内容の事実を返すことである。ただ、そのことで相手の感情、特に「話しをよく聴いてもらっている」という感情が起こりやすくなる。それらすべての事象を、このbacktrackingの意味に含めてしまっているということだそうだ。

 

この様な、今まで自分が学んできたことと少し異なった用語や考え方がある場合に、今までの自分であればただ単に拒絶していたかもしれない。しかしこれからは、できる限り多様性を受け入れて、自分の知識の中の幅を持たせることができるようにしていけたらと思う。

 

遠き山に日は落ちて、星は空を ちりばめぬ….

 

この歌詞をご存じだろうか?

この歌を、カブスカウト・ボーイスカウト時代を通じて、キャンプファイヤーの時は、最後に必ずみんなで歌っていた。

キャンプの大変だったことや、ホームシック、そしてもう少しで家に帰れるといったことや、それなりにキャンプ中に楽しかったことを思って、篝火を見ながら静かな気持ちで歌っていたことを思い出す。

 

これは、ネットで調べてみると、

「『遠き山に日は落ちて(家路)』は、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第2楽章のメロディに基づき、作詞家・堀内敬三が日本語の歌詞をつけた楽曲。他にも歌詞があるそうだが、この歌詞が、圧倒的に知名度が高いとのこと。

 

 

実は先週末に、全日本医家管弦楽団第29回定期演奏会が開催された。

そして、そのメイン曲が「新世界より」だった。

 

さらに、オケ関係者はよく知っている通り、この曲ではチューバは8小節しか吹くところがない。

しかも、2楽章の冒頭と、最後に4小節ずつのコラールとなっている。

このため、全く音出しが出来ないまま、いきなりコラールを演奏することになる。

 

ブラバン上がりの僕としては、楽器を吹く時は必ず充分に音出しをしてから曲の練習をするということが常識であったし、ずっと長年そうしてきた。

しかしこの曲は、そう言った「定石」を完全に打ち砕くシチュエーションで、しかもピアニッシモ「pp」のコラールを要求するという、僕ら素人としては、ある意味最も難しいことを要求されている。

 

大学生の時に演奏した時は、高校時代の恐ろしいほどの基本練習していた「貯金」がまだあったので、何とか対応できていたが、今では全くそうはいかない。

正直、本番直前まで、どうやって吹けばよいかのイメージすら頭の中でできていなかった。

本番前日のゲネプロでも、全く上手く吹けず、このコラール部分を再度吹き直した時に、お恥ずかしながら、久々に頭が真っ白になってしまった。自分の気持ち的には「万事休す」といった感であった。

 

そのリハーサルの帰り、途方に暮れた状態で、どうすればこのコラールを吹くイメージを得ることができるか、ため息を何回もつきながらずっと考えていた。

 

そのヒントの1つは、指揮者の曽我大介先生が、以前の練習の時にこっそり教えてくれていた。

それは、1楽章の最後はTuba以外はみんな出番があり、盛り上がって終わるのだが、この時に「楽器を構えるふりをして、ちょっとだけバストロンボーンの譜面を吹いてもいいよ」と言ってくれていたのだ。

これは、Tuba吹きにとっては大変有り難い助言で、1音だけでも「音出し」ができると、2楽章の最初の音が相当吹きやすくなる。

 

そして、さらに難関なのは2楽章の終わり。ここはコールアングレからヴァイオリンに続く、きれいで静かなメロディーラインの後を引き継いで、管楽器のコラールに入る。

この時も楽器は完全に冷えきってしまっている。1音も音出しできず、しかも僕が日頃から苦手としている「上のD」。

 

この音を出すためのイメージを、本番前夜になっても見いだせなかったのだが、ふっと家に帰った時に、前述の「遠き山に日は落ちて」の歌詞を思い出した。

 

そもそも、上手く「上のD」の音が出せない原因として、楽器が冷えていることもあるのだが、上手く吹けないために過度にかなり緊張してしまい、ますます口が固まってしまっていると感じた。

このため、緊張をほぐすために、コールアングレのソロの時に、声には出さずに「口パク」でこの歌詞を一緒に歌ってしまおうと思った。

 

実際、本番でも「口パク」しながら心の中で一緒に歌った。その甲斐あってか、音が出ないという、最悪のシチュエーションは何とか免れることができた。

 

お陰様で、「今日の業(わざ)を なし終えて 心軽く 安らえば」という気持ちに何とかなることができ、「いざや 楽し まどいせん」と、打ち上げも2次会まで参加することができた。

ただ、正直なところ、もう新世界はご勘弁願いたいなと思っている…。

 

「フィードバック入門:中原淳 著、」PHPビジネス新書を読んでみた。
中原先生は東京大学の大学総合教育研究センター准教授を経て、昨年から立教大学経営学部教授をされている。ご専門は企業・組織における人材育成・リーダーシップ開発とのこと。

今回の本のサブタイトルは、「耳の痛いことを伝えて、部下と職場を立て直す技術」となっていた。
実際に本の内容も、このサブタイトルに沿った、組織の中でいかに上手く「部下に機能して働いてもらう」ために、部下にフィードバックを行う時に、どの様なことに気をつければよいかを詳しく説明されていた。そしてそれだけではなく、同時に、このフィードバックを行うためには、その職場がフィードバックを行うことに対して本気の覚悟を持つ必要があり、そのためにはコストや時間をかけることに対してもしっかり受け入れる覚悟が必要だと話されていた。

そして、様々なフィードバックを行うための技術・テクニック的なことも、かなり具体的にかつわかりやすく説明されていた。
現実として、フィードバックを行ったとしても、部下が上手く受け入れられない時などに、上司はどの様に考えて、対応していけばよいかもしっかり示されていた。

ここまで、現場に則した内容で具体的に開設された本は、なかなかないのではないかと感じる。
そして、非常に印象的だった言葉は、「フィードバックを受けたことがない人に、フィードバックはできない」や、「(自らが)フィードバックを受ける機会を作ることは、…自分を成長させ続ける上でも非常に重要なこと」といった、まさしく現場主義的な叩き上げ感のある、リアリティの籠った言葉であった。

私も、正しくそう思う。
今の医療現場で、特に医師は、上司になればなるほど、フィードバックを受ける機会は滅多にない人が多い。しかし、これから医療現場においても「働き方改革」が求められている時代に、お互いに様々な角度からフィードバックを受ける機会は大変有用である。
そして、自分がフィードバックを行うために、「必要なデータを事前に部下の行動を観察することで徹底的に収集していくことが求められる」とも書かれていた。これも本当に大切なポイントで、そのためには、やはり上司は現場に常に目を向け、普段から様々な立場の人とのコミュニケーションを行っている必要がある。

結局、コミュニケーションを取れるか否かが、これからの時代、個人としても組織としても、将来的に生き残っていけるかどうかに、大きく影響されるのではないだろうか。そのために、この本は「お勧めされる本」の1冊だと思った。

今回は、日本臨床コーチング研究会メール通信 の本日号に、私の文章を掲載させていただいたので、その文章をそのまま引用させていただきます。

これは、以前より、日本臨床コーチング研究会の会員向けに、「臨床コーチングに役に立つ(かもしれない?)情報」として、毎月2回メール発信されているものです。

 

昨年の夏の話しなので恐縮なのですが…。
昨年7月に、札幌で臨床コーチング研究会が開催された時のことです。
あるセミナーの時間に、会場全体で参加者の皆さんがロールプレイをしている場面がありました。その時に、会長の松本一成先生を含め幹部の先生方も数名が人数調整の都合もあり、自らこのセッションに加わられておられました。そしてその時、私は会場をぐるっと回りながら、そのセミナーを外から見学していました。

まず、いつもの通り、相手の話しを聴く場面で、皆さん頷きながらしっかり話しを聴かれていました。
それをしばらく私はボーっと特に何も考えることなく眺めていました。すると突然、ある光景が私の目に飛び込んできました。
我に返って、何だろうとしっかりそれを見つめ直すと、ある人が周りの人に比べて倍くらい大きく、しかも、会場の端から見ていても、あれはいかにも話しを聴いてくれているだろうという雰囲気を醸し出しながら頷いておられました。では、他の人達はどうやって頷いているのだろうと、会場全体を隈なく見てみると、その人に比べると、頷きが小さかったり、しっかり相手の目を見ていなかったり、頷きそのものに気持ちが入っていなかったり、といった違いが認められました。

正直、コーチングのセミナーでは、「頷き」については、あまり熱心に語られない箇所と言えます。その理由としては、医療者であれば、誰でもきちんとできている当たり前の動作であるからではないでしょうか。

しかし、そうは言っても、この簡単で非常に分かりやすい動作を極めようとすると、やはりきちんと意識したり、気持ちを込めたりする必要があるのだなと、その時改めて感じました。

実は、その気持ちの入った大きな頷きをされていたのは、会長の松本一成先生でした。
普段、講演・指導されているだけでなく、普段から自らがきちんと実践されておられるのだと、甚く感銘を受けました。
私も、この松本会長を筆頭とする臨床コーチング研究会で、これからもしっかりコーチングを勉強しようと、気合を入れ直した次第であります。

健康で正常体重の日本人男性でも脂肪組織に障害がある可能性

~太っていなくても生活習慣病になりやすいメカニズムの解明へ~

 

 

今週5日に、順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学・スポートロジーセンターの研究グループは、「非肥満者で健康な人50名以上を対象とした臨床研究において、健康で正常体重の日本人男性の中にも、脂肪組織の貯蔵能力が低下していて、軽度の代謝異常になる人がいることを世界で初めて明らかにした」ことを順天堂大学大学院のホームページ上にてプレスリリースとして公表を行った。

Clinical Features of Non-obese, Apparently Healthy Japanese Men with Reduced Adipose Tissue Insulin Sensitivity.; J Clin Endocrinol Metab. 2019 Jan 23.

 

我が国をはじめアジア人では、太っていなくても生活習慣病(代謝異常)になる人が極めて多く、その原因は現在まで十分に解明されていません。今回の成果は、非肥満者の代謝異常予防を目指す上で、健康な人でも脂肪の貯蔵能力に着目した新たな取り組みが必要であることを示唆しており、我が国の予防医学を推進する上でも、極めて有益な情報であると考えられる。

 

プレスリリースによると、具体的には、BMI が正常範囲内(21~25kg/ m2)で心血管代謝リスク因子を持っていない健康な日本人 (52 名)を対象に全身の代謝状態や脂肪分布に関する調査を行った。

脂肪組織インスリン感受性が低下した人の特徴の一つに、体脂肪率の軽度増加(22.1%)があり、正常体重の健康な男性でも軽度の体脂肪の増加により脂肪貯蔵能力を越えてしまう可能性が考えられた。これ以外にも、運動不足や体力レベルの低下が脂肪組織インスリン感受性低下と関連していた。これらのことから、体重が正常であっても体脂肪率に注意して健康管理に当たるとともに、現在ガイドラインでも示されている通り、普段歩く量(生活活動量)を増やしたり、体力が向上するような活動(ジョギングなど)にも取り組むことが有用と考えられるとのこと。

 

今回の結果、非肥満で健康な人の中でも、肥満者と同様、血中遊離脂肪酸が低下しにくい(脂肪組織インスリン感受性が低下している)人がいることが明らかとなった。そこで、脂肪組織インスリン感受性が高い人と低い人の2群に分けその特徴を比較したところ、脂肪組織インスリン感受性が高い群に比べて低い群では体脂肪率が高い、皮下脂肪が多い、肝脂肪が多い、など全身の脂肪量が多いことに加え、体力レベル・日常生活活動量が低い、中性脂肪が高い、善玉(HDL)コレステロールが低い、筋肉のインスリン抵抗性がある、という特徴が明らかとなった。つまり、非肥満の日本人で健康な人でもリピッドスピルオーバー(遊離脂肪酸の血液中への溢れ出し)を生じているような人が存在し、そのような人では軽度の代謝異常を来していると考えられる。

上記のことを踏まえて考えると、体脂肪率増加に加えて、今まで考慮されてこなかった軽度の中性脂肪の増加やHDLコレステロールの低下は脂肪組織インスリン抵抗性を知る簡便なマーカーとして有用と考えられ、今後、健康診断をはじめとした予防医学での活用も期待されるとのこと。

 

これらは、スポートロジーセンターを10年以上まとめておられる田村好史准教授や河盛隆造特任教授方の新たな研究成果である。私もこのスポートロジーセンターで、長年臨床研究に携わらせていただいてきたので、いよいよ非肥満者の日本人の臨床データまで、この様に英語論文として出てきてくれたことを大変嬉しく思っている。

 

筆頭著者の杉本先生は、静岡病院にて苦楽を共にしてきた仲間の一人である。

早速「論文acceptおめでとう!」とメールしたところ、「スポートロジーセンターの先生方・スタッフの皆さんのお蔭です」と謙遜していた。

これからもどんどんスポートロジーセンターから、日本人の臨床データが出てくることを益々期待したいと思う。

昨日の朝、たまたまテレビを見ていたら、女子アナウンサーが謝罪をしていた。先週末の早朝のラジオ番組に寝坊して、結局出演できずにその日の番組は終了したとのこと。

 

当初番組側は、連絡が取れなかったとのことで、安否確認をした。のちにただの寝坊と分かり、公式ツイッターで「事故や病気でなく無事に捕まりました。ご心配頂いたリスナーさん本当に申し訳ありません」と謝罪したとのこと。

 

勿論、遅刻や無断欠席は社会人として許されることではない。

しかし、全く連絡が取れない時、無事が確認さえできれば、とりあえず安堵とする。

 

実は私も、大学病院勤務時代に、2度後輩の自宅まで安否確認をしに行ったことがある。

 

1回目は本院時代。

若い医局員が「10時を過ぎても出勤してこないのだが、医局に何か連絡が入っていないかか」と、関連病院の上司から医局に電話があった。

秘書さんが、その医局員の携帯電話に何度電話しても全く通じない。

住所を調べてみると、本院からさほど遠くないところに住んでいた。このためやむを得ず、僕ともう1人別の若い医局員と二人で、その医局員の下宿まで行き、安否を確認しに行った。

 

自宅マンションに入って、インターホンを押しても全然出てこない。

何度かドアをたたき、「部屋にいるのだったら、出て来い」と言った。最終的に、「出てこないのなら実家の母親に今から連絡する」と言ったところ、やっと本人が出てきた。

事情を聴いたところ、AM10時頃まで全く気付かずに寝ていた。電話が鳴ったのは分かっていたが、今更電話に出たら怒られるだけだと思ってずっと出なかったとのこと。

 

2回目は、静岡病院にいた時。

AM9時を優に過ぎても全く出勤してこない医局員がいた。

この時も、本人の携帯電話に何度か電話しても全く応答がなかった。

仕方なく、総務課の人に下宿の鍵を出してもらい、その人と一緒に、医局員が住んでいる職員アパートまで行くことにした。何度かインターホンを押したところで、やっと本人が出てきた。

 

ここまで来ると、遅刻に対して叱るというよりは、生存が確認できて良かったという思いが大きくなる。

 

 

そして、そう思わせる伏線として、僕にはちょっと心が痛む出来事がかつてあった。

それは、幼稚園から中学までずっと一緒だった同級生が、30歳になる前に突然死してしまった。

彼とは、家も近所で子供の頃はよく一緒に遊んでいたし、カブスカウト時代も同じ組でずっとハイキングやキャンプなどで苦楽を共にしていた。

 

新婚間もない時に、夜中に寝ていたところ突然死したとのこと。

僕は、医者として何も役に立つことができなかったことに、虚無感しか感じなかったことを今でも覚えている。

 

そういう意味では、今回の番組側の「事故や病気でなく無事に捕まりました」というコメントは、年上が年下の者に対して非常に心配したからこそ、正直最初に出てくる安堵感から出てきたコメントではないかなと思った。

先日、池袋駅のメトロポリタンプラザビルに行く機会があった。

本当に久しぶりに行ったので、入り口も漠然としか覚えておらず、ちょっと迷ってしまった。

ただ、このビルは、僕にとっては非常に印象深い思い出がある…。

 

大学の教養課程が終わり、いよいよ医学部での実習が始まるということで、都内に初めて下宿した。

その下宿した場所が、池袋駅西口周辺だった。このため、学生時代の東京デビューは池袋を生活の中心として過ごしていた。そのうち、メトロポリタンプラザビルの中にある理髪店で髪を切ってもらう様になった。そこの店長さんに必ず髪を切ってもらっていたのだが、ちょっとやんちゃさがまだ残っている感じの男気のよい話しやすい人だった。その後、医学部実習が忙しくなり、大学近くに引っ越した後もずっと定期的に通っていた。

 

国家試験にも無事合格し、研修医となった後、怒涛の研修医生活が始まった。シニアレジデントからは、「入院している患者を診察してから次の診察まで、決して24時間空けるな」と、今でいえば正しくパワハラな言動だが、それをガツガツ実行し、恐らく医師になった1年目は360日以上研修病院にいたと思う。

 

ただ、鬼門は血液内科の2か月間であった。当時の血液内科は超厳しいオーベンがいることで有名であった。そして、そもそも疾患として医者がすべき業務が多く、このためとてつもなく研修医は忙しく、まだまだ治療法も確立していなかったところもあり、なかなか患者さんも症状が改善しないことも多かった。一旦化学療法が開始されると、骨髄抑制や感染症などの影響で、毎日毎日頻回に採血する必要もあった。しかもこの頃、私のいた研修病院では、病棟患者さんについての採血の手技は医師だけにしか認められていなかった。このため、研修医は毎朝の仕事は病棟採血から始まり、そのデータを急いで確認し、その日の治療方針などをオーベンに相談しながら、合併症や感染症の管理なども行っていた。

 

しかも僕がラウンドした時に、何と2人しかいない血液内科医の若い方の先生が結婚式と新婚旅行とのことで、2週間不在となってしまった。

このため、通常受け持つ患者数の2倍の患者を受け持つこととなり、ただでさえ業務量の多い血液内科で、尋常じゃない忙しさとなってしまった。恐らく20人以上の患者さんを受け持っていたと思う。その中で化学療法中の方が10人以上いたと思う。

 

この時、実際に状態の難しい患者さんが何人かおり、どんどん帰宅時間が遅くなり、とうとう日曜日に帰宅し、1週間分の着替えをカバンに詰め、同時に1週間分の洗濯をまとめて行い、終わり次第数時間後に病院に戻るというような生活になっていった。

この様な状態が1か月以上続いたところで、どうしても髪の毛が鬱陶しくなって散髪したいと思っていた。

 

次の日曜日、幸いいずれの患者さんもある程度状態が安定していたので、思い切って散髪に行こうと考えた。このため、普段よりも病院に戻ってくる時間が遅くなる旨を病棟看護師に話しをし、何か緊急の事態があればすぐに連絡してもらう様、お願いした。

 

そして、髪の毛を切りに行ったのが、メトロポリタンプラザビルの理容室でだった。

1か月以上ずっと病院からほとんど出ることは無く、必死で働いていたので、繁華街の喧騒の中に出ると何か不思議な感じもした。実際に理容室で髭を剃ってもらっている時は至福の時で、こちらがサービスの提供を受けるということもこの1か月間ほとんど皆無だったので、短い時間ではあったが久しぶりに安心してホッとした気分になることができ、髭を剃られたまま意識を失う様に眠ってしまった。

 

 

そんなことをメトロポリタンプラザビルに入ってみて、久々に思い出した。

 

今の時代、当時の様な無謀ともいえる「超長時間残業」が前提の働き方はできなくなってきているし、それを若い人達に実践してもらおうとも思わない。

ただ、振り返ってみると懐かしい思い出であり、当時必死で馬車馬の様に働いていたことが、今の年齢になって非常に医師として役に立っているところも数多くある。

 

当時の研修医仲間で集まったりすると、みんな似たような経験があり、懐かしくそれらの思い出話をよくすることはある。

これからの若い人達に、いかに効率よく、しかも当時の様に中身の濃い経験を積んでもらうことは、相反するようにも思えるが、どうしてもクリアしていかないといけない課題であり、どの業界でも大変悩みの多いことであるのではないだろうか。

メトロポリタンプラザへの訪問は、そんな色々な懐かしいことを思い起こさせ、そして今後の日本の働き方についても考えさせてくれるきっかけとなる出来事であった。