5月 2019

今月の伝塾では、アマゾンジャパン合同会社の専属産業医をされている鈴木英孝先生から「職域における感染症への対応」についてご講演をいただいた。

 

鈴木先生は、「いま、企業に求められる感染症対策と事業継続計画」(出版元:Pilar Press)の著者でもある。ご講演を聴いて、この本が非常に有用であることが分かった。

 

 

もし実際に、「今日出勤してみたら、急に発熱して、しかも顔に発疹が出だした」という社員がいた時に、我々産業保健スタッフはどんな対応を取る必要があるかということを、講義形式に加えて、スモールグループディスカッション形式でみんなで話し合った。

 

すると、予想以上にかなり迅速に、かつ多くのことについて対応する必要があることが分かった。しかも、様々な点において判断することが非常に難しいということにも気づかされた。

 

職場対応として、やはり2次感染拡大を如何に防いでいくかということが重要であると思うが、そのためには、その感染症が麻疹か風疹かでも対応が異なり、潜伏期の自宅待機期間や暴露後対策等について考える時に、この本を見ると、その対応方法が「痒いところに手が届く」形で調べることができる。

 

また、働き方改革で、今後妊娠初期の妊婦さんが一緒に働いていることも多く想定される。このため、そもそも職場で感染拡大をさせないために、予め入社前にワクチン接種をしておくことや、雇入時健診時に抗体価を一緒に計測する等のことも考えていく必要があることをお話しいただいた。

 

実際には1つも同じ状況の職場やシチュエーションはない訳で、このため、その都度オリジナルの対応が求められる。しかも、濃厚接触者の特定やその該当者への連絡、注意事項の伝達などは、当日の初動がかなり求められる。このため今後も、この様にセミナーで勉強したり、スモールグループディスカッション形式でみんなで話し合ったりすることが、産業保健医療職には非常に大切であるということを教えてもらった貴重な機会であった。

 

名古屋での産業衛生学会に参加中、「我が国の将来人口推計と産業保健への影響」という教育講演があったので、聴きに行ってみた。

演者は国立社会保障・人口問題研究所の別府志海先生。国の公式な将来人口推計は、この研究所が行っているそうだ。

 

人口推計とは、過去から現在に至る傾向・趨勢を将来に投影し、科学的に一定の過程を設定しながら推計していくものらしい。あくまでも予言・予測を第一目的とするものではないそうだ。

 

ご存じの通り、日本ではいよいよ2015年の1億2709万人をピークに人口が減少してきているわけだが、別府先生が強調されていたことは、今までも「人口減少」を認めた時期は、歴史上何度もあるが、それは感染症や戦争で「死亡率が上昇」したことが原因であった。しかし今起こっている「人口減少」は「出生率低下」が大きな要因となっているとのこと。このため、子供の数が増えない限りは人口が増加していかないこととなる。

 

近年、女性の労働力率上昇が認められるようにもなってきたが、実はこの要因として、未婚化という要素も影響しており、有配偶者の女性の労働力率はまだ低いとのこと。

さらに日本の中で、0~14歳の人口ピークは1954年、15~64歳は1995年だった。一方で、65歳以上は2042年まで増え続け、さらに75歳以上は2054年まで増え続けるとのこと。

平均寿命については、2065年に男性84.95歳、女性91.35歳、その年の総人口は8808万人と推計されている。

 

これらのデータを見ると、我々の世代は本当に90~100歳まで生きる人も非常に多くなり、このため、超々高齢化社会の中でどうやって生き続けていけば良いか、だいぶ先の老後まで我々の世代一人一人がかなり真剣に考えざるを得ないのではないかと、強く感じた。

 

 

講演後に厚かましくも、名刺交換や直接質問もさせていただいた。労働者人口が増えなくなっている日本の中で、この大変貴重な働く世代にとって、糖尿病という生活習慣病は、この国を代表する統計学者から見ても、労働力率を低下させかねない負の影響力を持つ憂慮すべき疾病で、強く懸念しているとのこと。

そういった意味でも、「生活習慣病対策は、日本の労働力を維持するためにも非常に大切です」と仰っていた。そして、私の取り組みについても、是非今後も頑張ってほしいと言っていただき、私自身、俄然気合いが入った思いである。

 

今回でブログも125回となった。

驚かれるかもしれないが、実は今まで自分のホームページの閲覧数をチェックしたことがなかった。そもそも特に見てもらえると思っていないという、自虐的な思いもあり、そういうことはあまり気にもせずにブログも書いていた。

 

しかし意外なことに、「あのブログの話し面白かったですよ」とか「HP素敵ですね」などと、言っていただけることが時々あったりする。お世辞だけでも、正直本当に有り難いことだと思っている。

 

まさに、このHPを作っていただいたアルマワークスhttps://www.almaworks.jp/ の佐野さんや、顔写真を撮ってくれたKleeblatt picture[クレーブラットピクチャー:あかつき写房] https://kleeblatt-picture.com/ の川島君に感謝したい。

 

 

HP立ち上げ時に、そう言えば佐野さんから1度きちんとアクセス方法を教わっていたのだが、その時は僕自身、閲覧数を見るつもりが正直なかったので、説明を聞いただけになってしまっていた。

 

 

今回、少しだけ気になって、もう1度佐野さんにお願いしてアクセス方法を教えていただいた。

すると、週末は僕のHPにアクセスする人はかなり少ないが、平日は思った以上にチェックしていただいていることが分かった。

佐野さんからも、「その辺の飲食店のHPよりもアクセス数は多いですよ」と言われ、驚いた。

正直、ちょっと想定していなかったので、少し同様もしている。

特にブログについては、あまり読んでもらうことを前提に書いていなかったので…。

 

ただ、今後もこのブログのスタンスを変えるわけではなく、淡々とコンスタントに書いていきたいと思う。そして、たまたま見ていただいた方に、ちょっとでも「そうだったのか」とか「そういうことが医療の中の事実としてあるのか」など、何かしら参考になることがあればなと思っている。

今後とも、皆様どうぞよろしくお願い致します。

先週、ブログの更新ができていなかった。

というのも、先週、名古屋にて日本産業衛生学会でのポスター発表があり、週末、前職の会社のオーケストラの定期演奏会があり、週が明けてやっと落ち着いた状況になれた。

今週は、先週分も併せて、4日連続で更新していこうと思う。

 

 

学会参加の感想としては、非常に勉強になったという思いだ。

内科系の学会と比べ、非常に実生活に直結した話が多いので、そもそも聴いていてイメージが湧きやすく、一市民としても興味深い内容がたくさんあった。

 

学会には今までも何度も行っているわけだが、普段、学会に行っても、あまり学会長や理事長先生の基調講演系を聴きに行くことはしない。しかし、今回はまだまだ産業衛生学会がどんなものかの様子が分からなかったので、珍しく聴きいてみた。

基調講演の演者は、今回日本産業衛生学会理事長に再選された、東京大学公共健康医学教授の川上憲人教授。お名前は存じ上げていたが、お恥ずかしながら、お顔やどんなお話しをされる方かは全く知らなかった。

 

実際にご講演を聴き、非常に感銘を受けた。

この学会も今回で92回目、もう少しで100周年を迎えていくとのこと。川上先生は、100周年を迎えていくにあたり、この学会がどの様にさらに発展すべきかといった観点からお話しをされていた。

 

特に強調されていたことは、「すべての労働者のため、Teamとして産業保健を推進し、産業保健の質にCommitする」というものであった。そのためには、近年「産業保健ニーズの高度化」が年々求められるようになり、「根拠に基づく産業保健」を推進し、そう言ったことを「学会は、情報社会への発信が必要」であることなどを強調されていた。

そして、新しいリーダーシップを考えていく必要があるが、「リーダーシップとは、ビジョンを現実にすること」であり、今後は経営者や管理職といった人達だけでなく、誰もがリーダーシップを発揮し、ダイバーシティの観点から物事を考えていく必要があるということも仰っていた。

図らずも、あらゆる面においてのコミュニケーション向上の必要性を訴えられていたことは、非常に印象的であった。私が、今、産業保健分野や医療機関に対して、「より高度なコミュニケーション」についてアプローチしていこうとしている中、産業衛生学会のトップも同じ認識を示されたことは、大変意義深いと考えている。

 

最後に、全ての事業所で「Team産業保健を設置へ」とも話され、日本中どこで働いていても質の高い産業保健が享受できる社会を目指していきましょうとのことであった。

確かに、現在は50人以上の事業所しか産業医の設置義務はないが、実際にはどんどん新しいベンチャー企業も立ち上がってきている。このため、人数的には小規模な事業所でも、質の高い産業保健が享受できるようになることは非常に大切なことである。

 

こういった、組織のトップが、明確に、しかも前向きな未来に向かったビジョンを示されることは、非常に素晴らしいことだと思う。

2016年8月に発刊された「「言葉にできる」は武器になる」(梅田悟司;日本経済新聞出版社)を読んでみた。これも、家の中で山積みされていた1冊である…。

 

この本の著書の梅田悟司氏は、株式会社電通でトップコピーライターなどとして活躍されている方とのこと。

 

いくつか印象的であった言葉があったのだが、「気持ちを整理し、さらけ出す。その熱量に心は動かされる」や、「気持ちをはっきりと認識できた時、言葉は自然と強くなる」といった、気持ちが大切だということを伝えてもらったと感じた。

このことは、大変共感する部分であるとともに、自分自身、もっとこういったことにこだわる必要があるということも、非常に思わされた。

 

そして、これは音楽を演奏している時にもずっと感じていたことだな、とも読みながら考えていた。

本文中に、「美しい文章や言葉が、必ずしも人の心を動かすわけではない」といった内容も、何度も出ていた。これは、楽器を演奏している時や音楽を聴いている時に、僕自身、何度も経験していることでもある。

例えば、幼稚園生の学芸会での演奏の発表等は、実の親などでなくても物凄い感動を呼ぶことが多々ある。これはまさしく、「上手ではないけれども、多くの人の心を揺さぶることができる」ことの象徴的な演奏と言えるのではないだろうか。

逆に、いくら楽器が上手でも、自分のやりたくない曲を気持ちがこもらずに演奏した時など、寒々しいほど聴衆者の反応は冷ややかになることがある。

音楽や言葉といったものは、「内なる心」にいかに響かせるようにしていかなければならないかということに、結局行きつくのかもしれない。

 

そういった意味では、音楽をやってきて、その感覚を長年体感してこれたということは、大変良かったかなと思う。これをプレゼンテーションする時や名刺交換する時などに何とか活かしていける様に、日頃から自分が言おうとしたいことを、気持ちを込めてしっかり「自分の言葉にできる」ように頑張っていきたいと思う。

ご存知の通り、昨年、障害者雇用水増しが各省庁でも発覚し、ニュースでも大きく取り上げられていた。それも踏まえて、今年からは民間企業では法定雇用率に満たない場合、ペナルティーが科せられることも決まり、障害者雇用については、日本中でより積極的に取り組まれるようになってきている。

 

この障害者雇用、特に精神・発達障害の就労支援を遠隔で行うことも徐々に広がりをみせているようで、「SPIS(エスピス:Supporting People to Improve Stability)」という、精神・発達障害のある労働者の福祉サービス(就労移行支援)と障害者雇用の現場で開発された、自己管理/就労継続支援のためのWeb日報システムを、今月のさんぽ会で紹介されていた。

 

このSPISは、大阪のIT系のベンチャー企業が立ち上げたシステムだそうで、既に延べ150社以上700名以上が利用され、職場定着に高い実績を上げておられる。今回は、島津製作所や全国土木建築国民保険組合での実際の取り組み事例も紹介されていた。

 

SPISの特徴は、障害を持たれている本人がセルフチェックとして3~7個ほどの評価項目を提示し、それを定期的に4点法で点数評価、自由に意見・感想を書く欄も設けられている。これを、直属の上司や人事担当者といった職場内担当者(内部支援)と、臨床心理士などの資格を持ったSPIS相談員(外部支援)の3者が、ITネットワークの中で対話するような形式を取っているとのこと。

 

このセルフチェックの数値を経時的に追っていくだけでも、当事者の体調・精神的な不調の有無が客観的に評価できるとのこと。そして、直接会話でのコミュニケーションが苦手な発達障害を持つ社員でも、フリーコメントに「書き言葉」で自分の思いを記載することによって、普段なかなか上手に伝えられないこともきちんと伝えられることがよくあるそうで、それにより、職場内での相互理解に繋がり、それが当事者の安心感や自信になっていくことも少なからずあるとのこと。こうした取り組みを行うことにより、障害者の離職が減り、障害者の業務の効率アップにも繋がっていくそうだ。

 

前職では、就労支援チームのスタッフが非常に優秀で、あまり産業医として関わることが少なかった。

このため、今回、SPISでの取り組み事例を初めて聴かせていただいたことで、精神・発達障害の雇用管理や就労継続支援をどの様に行っていけばよいのか、非常に理解しやすく、イメージすることができるようになった。

これを機に、さらに私自身も、産業医として精神・発達障害の方々の支援を積極的に行っていきたいと思う。

2015年6月に発刊された「江戸の食卓に学ぶ」(車浮世;ワニブックス「PLUS」新書)という本を読んでみた。本当はもっと早く読むべきだったのだが、最近しばらく本を読む習慣をなくしていたので、家の中で「未読」状態の本が山積みされている…。

 

近頃はご存知の通りの「低炭水化物ダイエット」ブームで、外来をしていても、「とりあえず、ご飯を減らしています」という方も増えてきている。しかし、実際には、白飯といった穀類だけを減らす手法では結局減量も血糖値改善もできない患者さんが少なからずおられる。

 

私が大学病院で「糖尿病教育(支援)入院」グループのグループ長として長年働いていた中で、いわゆる「ご飯多めで、おかず少なめ」の病院食を食べてもらうと、1週間のうちに、みるみる体重が減って血圧や血糖値も劇的に改善していく患者さん達を、本当にたくさん診てきた。患者さんご本人も、その改善度合いに驚かれる方が多くおられた。

 

僕が大好きな野球漫画「ドカベン」の中にも、あの昭和の昔懐かしい雰囲気で、たくさんご飯を食べているシーンが出てくる。しかし、その舞台となっていた昭和40~50年代頃は、今と比べて日本での糖尿病患者数はかなり少なかった事実がある。

 

そういった意味で、いつしか昔の日本人はどんな食事をしていたのだろうという疑問を持つようになった。

 

 

この本の著書の車浮世氏は、江戸料理研究家で、江戸時代の江戸で生活する人達の食生活を詳しく調査されておられるとのこと。

 

印象的だったのは、

1日3食が定着したのは、江戸元禄時代(1688~1704年)以降とのこと。

それまでは、公家の世界では朝食をお昼くらいに、夕食を午後4時頃、庶民は朝早くから起きて一仕事終えた後に朝飯、仕事の合間に遅い昼飯と、時間帯こそ異なるが、身分の上下に関係なく2食だったとのこと。

特に貧しい階層の身分の人達は、家の中の照明用に使う菜種油が買えなかったため、日暮れとともに寝てしまうのが賢明な選択であった。

それが、江戸時代中期頃になると、江戸庶民が買えるくらいに菜種油の値が下がり、仕事を終わってから夕食を食べるようになっていったとのこと。また、その頃には屋台や飯屋ができ、外食産業も栄えたようだ。

 

ただ、今とは異なっていた部分もある。それは江戸時代、江戸では1日分のご飯をまとめて炊いて、昼と夜は冷や飯。一方、上方では昼に炊いて夕食と朝食が冷や飯だったとのこと。

いずれにしても、竈に火を熾すのは大変な作業であったため、何度も手間をかけないようにするための苦肉の策であったようだ。

従って、江戸では、朝炊いたご飯をお昼のお弁当として持って出たそうだ。一方、上方では、昼に温かいご飯で昼食をたくさん食べて、朝・夕食は簡単に済ませていたとのこと。いずれにせよ、夕食はお茶漬けにして食べていた程度で、今の時代のように夕食を豪勢にお腹一杯たらふく食べるのとは、かなり趣が異なっていたことが伺われる。

 

そして、江戸っ子の米好きは相当なもので、当時の成人男性は1日に5合もの白飯を食べていたと言われている。これは、武士や富裕層でも江戸庶民でも同様であったとのこと。ただし、居候の身分では「居候 三杯目は そっと出し」と、稼ぎの少ない立場では少し肩身の狭い思いをしていたようだ。

 

ただ、田舎に暮らす農民は、年貢を納めねばならず、米3割、麦7割でしか食べられず、江戸以外の地方でも米7割、麦3割がせいぜいで、白飯食べたさに、江戸へ出稼ぎに出てくることも多かったそうだ。

 

また、江戸の食事は「箱膳文化」で、旅館の宴会のように、家族の人数分のお膳が出されていた。このため、1人1人が食べる品数や量も、自然と決まっていた。

「ちゃぶ台」を使われるようになったのは明治維新以降のこと。ここから次第に、今の時代の大皿盛でおかずが提供され、「どれくらい食べたか」自分で把握できていない糖尿病患者さんが続出する要因にもなったと言える。

 

このように、我々の先祖は、現代とはだいぶ異なった食文化の中で暮らしていた。

こういう江戸時代の食文化を知ることで、今のように、夕食で目一杯たくさんおかずを食べて、白飯は少なくするといった食文化が、かなり歴史の浅いということも分かってくる。

 

生まれは昭和の時代なのに、平成・令和の時代に食生活が大きく変わってしまったためにメタボになり、様々な生活習慣病や動脈硬化・がんなどを発症してしまうことが大きく問題になっている今だからこそ、家族みんなでもう一度自分達の食生活を見直してみることも必要ではないだろうか?

 

はやぶさの帰還で、大変話題になったJAXAの川口淳一郎教授の講演会を聴く機会があった。

講演慣れされているのか、何度も笑いを取る内容で、リラックスして聴くことができた。

 

そういった中でも、やはり先の見えない、しかも結局30年がかりでミッションを達成された方の言葉は、やはり重みがあった。

 

今回の講演会のタイトルは「やれる理由こそが着想を生む」であった。「とにかく自分の思ったことを実行してみよう、そこから物事が始まっていくんだ」という"不屈"の強い思いがひしひしと伝わってきた。

 

僕自身、昨年から誰もやっていないようなことを仕事としてやり始め、やはりこれでよいのだろうかと不安に思うことは少なくない。そういう状況にいるからこそ、今回の講演ではかなり勇気づけられた。

 

失敗していれば、もちろん注目されることもなかっただろうが、成功するまで信念を持って挑み続けたことに、映画化されるまでの世の中に対してのインパクトもあったと言えるのではないだろうか。

 

今後、日本の医療や働く人達の状況を考えると、どうしても予防医療的な施策は、今まで以上に大切になってきているといえる。こういった総論については異論を言われる方は少ない。ただ、具体的な各論に入っていくと、なかなか賛成していただける方がまだまだ少ないのも現状である。

糖尿病専門医が職域に入って、産業医活動や保険組合と連携して仕事していくなど、いずれも前例がないだけに、この前例がないことに対しての拒否感は正直「半端なく」感じざるを得ないこともある。

 

しかし、今回の講演では、自分の信念を貫き通して、新しい分野を自ら切り開いていこうという思いが、本当は一番大切なのではないかと言うことを、何度も強調されておられた。

 

JAXAのように映画化されたりすることはないだろうが、将来、世の中の人達によかったと思ってもらえるように、今は五里霧中かもしれないが、さらに様々な方々と関わり合いを持ちながら、愚直に一歩ずつ進んでいきたいと思う。

先月末、日本医学会総会に出席してきた。

印象的で勉強になったセミナーが、「生活習慣病とリアルワールドエビデンス」というセッションであった。以前から、東京大学糖尿病・代謝内科の門脇孝教授や国立国際医療研究センター病院糖尿病研究センター長の植木浩二郎先生がお話しされていたので、全く知らない話しではなかった。

ただ、近年日本中の臨床データがどんどん集まっていて、それらを解析してみると、今まで我々専門医が想定していたことと異なる結果も出てきていることを報告されていた。

その中でも、鹿児島大学心臓血管・高血圧内科の大石充教授が、一般医の降圧薬第1選択薬選択についてお話しされていたのだが、ガイドラインとはかけ離れた実情が浮き彫りになっていることをデータから示され、かなり驚きであった。

 

我々糖尿病専門医にとって、動脈硬化症予防の観点から、降圧薬の第1選択薬としてアンギオテンシン阻害薬系を処方していることが多い。そして、近年の大規模臨床研究からもその効果も示されており、日本でのガイドライン上も、多くのドクターがそう処方しているはずであろうと考えていた。

しかし、リアルワールドなデータを見てみると、カルシウム拮抗薬とアンギオテンシン阻害薬はほぼ拮抗しているというデータであった。

これには、循環器専門医の先生方もかなり驚かれていた様子であった。

この要因としては、降圧薬の第1選択薬を処方している医者の多くは開業医で、しかも内科系ではない先生方が処方していることも相当数あるとのこと。こういった先生方の中に、内科系のガイドラインがきちんと浸透していないのではないかとも考察されていた。

当然そうであろうと思っていても、きちんと現場のデータを拾い上げて確認してみるということは、やはり大切なのだと、このことからも知らされた気がする。

 

現実の状況を知れたからこそ、それに対して対策を講じることができる。

机上の空論で話しを進めないように、何事もチェックすることは本当に大切だと感じた。

そうすることによって、より日本の医療レベルもリアルワールドでさらによりよいレベルに上がっていくのではないだろうか。

Basical Health産業医事務所として、独立して仕事を始めてから今日で1年が経った。昨年5月1日に事務所を構えて、意外なほどにあっと言う間で1年が経った気がする。

 

前職の時は、とにかく1週間・1ヶ月が経つのが遅く感じて、非常に憂鬱な気分になることもあった。なので、その頃から、「あっと言う間に時が経った」という言い回しをすることはできるだけ避けるようになっていた。

 

ただこの1年、この様に時が経つのが早いと実感できるということは、自分なりにやりたいことを仕事に従事できているということではないかと思う。

実際に、やりたいことがどのくらいできているかと言えば、まだまだ合格点には至らないが、それでも、

この1年、自分なりに色々工夫しながら1歩ずつ、いや半歩ずつだが歩みを進めて来れたかと思う。

 

昨年の今日、貸事務所に入居していただき、実際にメディカルトラストの社員の方々にも手伝ってもらいながら本棚などを組み立てたりして、新生活が始まった。

 

最初の1年は、とにかく名刺交換をたくさんさせていただいた。これからの1年は、もっと人脈を増やし、そしてこの方々達とWinWinな関係を持てるようなコラボレーションを展開し、結果として世の中の人達の健康増進や健康経営に繋げていけるようにしていきたい。

 

そして最初の1年間、様々な方々にお世話になった。その人達への感謝の念も忘れないようにしないといけないとも思う。

 

 

偶然にも、本日は令和元年初日。

年号が変わって、より一層新たな気持ちで頑張っていく所存でございます。

皆様、今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。