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しつこくて申し訳ないが、今回もクイーンの話題とさせていただきたい。

 

正直、当時、勝手に自分はロジャー・テイラーに似ているのではないかと、如何にも自意識過剰な中学生的な発想で思っており、一時期髪型もそれなりに似せていたこともあった。

色々な懐かしい思い出がよみがえってくるが、本当にそのバンドが今頃になってでも改めて評価されるということは、驚きでもあり、感謝の念を感じる。

 

今回の映画をきっかけに、クイーン関連のことを改めて調べてみると、新たな発見もたくさんあった。

驚いたのは、僕が同級生のY君と一緒に行った、大阪城ホールのクイーンのコンサートは、日本で最後の公演だったそうだ。

50歳代以上の世代の中には、クイーンのライブに行った人はそこそこおられるかもしれないが、40代でリアルタイムでのクイーンのライブに行った日本人はかなりレアなのではないだろうか…。

 

クイーン大好き中学生だった僕は、クイーンの日本公演を知り、しかも大阪に来ると分かり、「これは行かないと」と思った。

所詮は中学生であったので、高校受験ももちろん控えていた。そしてライブ終了後、帰宅するとなると深夜になるため、親にも付き添いをお願いしないと行けない立場であった。

にもかかわらず、それでも行こうと思ったのは、やはり中学生ながらに、「そろそろクイーンは解散してしまうのではないか」という気配を感じていたからだと思う。そして、有り難いことにブラバン友達の幼馴染のY君も一緒に行ってくれることになったのが、奇跡的に日本最後のクイーンの公演に行くことが実現した重要な要因だと思う。

 

普段は何かと小煩いことを言っていた当時の母親も、意外にすんなりと話しを聞いてくれた。これはかなり意外であったが、もしかしたらそれくらいこの話を持ち出した時の僕の顔が切羽詰まった顔をしていたのかもしれない。

 

ライブに行く前は、映画の中でも観客全員で大熱唱していた「Love of My Life」の歌詞を、Y君と一緒に

予習していたことも思い出される。実際に、大阪城ホールでも大合唱だったのだが、その光景は本当に感動的だった。

 

 

この2ヶ月後に、今回の映画で話題になったライブエイドが行われることになる。

あの映像を見ると、大阪公演でのライブは、確かにライブエイドのリハーサル的なレベルの纏まりしかなかったと言われても仕方の無いレベルではあった。

しかし、そうは言っても、得難い経験であったことも間違いない。

初めての海外アーティストのライブに行くために、必死でチケットを2枚確保し、そしてLPやFMでしか聴いたことがなかった大好きなバンドの生演奏を聴くことができた。

その会場の熱気や雰囲気を、10代半ばで経験できたことも、今思うと非常に貴重であった。

そしてその感動を、30年も後に話しすることができることも、大変有り難いと思う。

 

改めて考えてみると、今の時代にクイーンが注目されているのは、演奏面だけではもちろんなく、多様性が受け入れられる社会になってきたからこそだと、僕も思う。

僕自身、専属産業医で働いていた時は、ダイバーシティ部門の社員に教えてもらい、社内でのLGBT活動を知ることができたし、ストレート・アライ(Straight ally)への署名に参加もさせてもらった。

まだまだ日本の中では、公の場では話しづらい話題ではあるが、僕も一通りLGBTの歩んできた歴史なども教えてもらった1人ではあるので、少しずつ今回の映画も足掛かりにして、活動にご協力できたらとも考えている。

 

フレディ・マーキュリーの苦労や苦悩を無駄にしないように、むしろこれからの時代にしっかい生かしていくために、僕も医師として、やれることからこれらの取り組みにも色々な形で参加・参画していきたいとも、年の初めに考えている。