News・Blog

「佐藤」という苗字だと、どうしても同姓同名の人に時々出くわすことがある。

 

今月も、IR汚職で逮捕という記事が出ていた。年も近いし、ちょっと複雑な思いである。

 

久しぶりに、インターネットで検索してみると、農学者や元プロ野球選手に自転車世界一周など、様々な同姓同名の方が世の中で活躍されていることが分かる。

 

実は、僕自身、同姓同名の人と同じマンションに住んでいたことがある。

小学生の頃、僕の住んでいたマンションのすぐそばの自宅改装のため1年程おられたのだが、お子さんが同じ小学校だったので、僕の親世代の人だった。

 

ただ、それでも同姓同名の人物が二人いると、年賀状の時などは郵便配達員の方々もかなり混乱していた。

僕のところに、いかにも仕事の付き合いといった人からの見慣れぬ年賀状が何通も届いており、向こうのポストにも、明らかに小学生の字体で書いてある手書きの年賀状が紛れていた。

世代も異なっていたし、それは昭和の時代のまだまだ個人情報がどうのこうのと言うことも無い頃であったので、お互いの笑い話となっていた。

 

しかし、もし、今の時代にこういったことが起こると、お互いに当時のようなおおらかな対応だけでは済まなかったかもしれない。

同姓同名であるがために、色々なところで誤解や混乱が生じ、場合によっては、仕事やプライベートにおいて、知らぬ間に悪用されてしまうといったことにまで発展していってしまうことさえ、今の時代であれば念頭に置いておかなくてはならないのかもしれない。

 

そういったことを考えだすと、特にありふれた苗字の場合、そもそもどんな名前を付けるかということから、かなり慎重にしなければいけないということであろうか。

 

実際に「山田太郎」や「スズキイチロウ」など、分かりやすい名前の同姓同名の人は世の中にどれくらいいるのであろうか。

そんなことを考えてみたが、一方でインパクトがあり過ぎるような特異な名前も、一発で覚えられてしまって、難儀することもあるのかもしれない。

 

やはり、どんな名前にしても、その人の人生に大きく影響を及ぼすので、親はその自覚を持って名付けていく必要があるのだなと、改めて感じる。そして、名前負けしないように、頑張って生きていく必要もあると言えるだろう。