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朝の連続テレビ小説「エール」が終わった。

毎日欠かさず見ていたわけではないので、偉そうなことは言えないが、今回、日本の昭和の戦前から戦後にかけての音楽の変遷がドラマを通して、かなり分かりやすく知ることができた。

古関氏が、なぜ「六甲颪」もジャイアンツの「闘魂こめて」も作曲したのかとか、早稲田大学・慶応大学等の応援歌を手掛けたのかなど、今の時代では信じがたいようなことが、歴史の経過とともにドラマ仕立てで(当たり前か…)理解できたのは、非常に意義深いと思う。

 

そして、戦時歌謡のことも、これまではタブー視されているようなところがあったと思うが、どの様な背景があったかも全く知らない今の我々にとっては、こういった戦時中の人達の思いも含めて知れたことは大変貴重であった。

 

そして、戦時歌謡を作っていた作曲家が、戦後歌謡の大作曲家としても活躍していく。これも、ちょっと想像がつかなかったが、その経緯やその当時の人達の思いが伝わってきた。

戦争直後、少なからず世の中の反感が燻る中で「とんがり帽子」の曲がラジオから流れて来た時に、当時の人達は本当にどんな思いや感情を抱いたのであろう。

あまりにも曲調が異なり、しかも子供達が歌い上げているのを聴いて、多くの人に熱いものがこみ上げてきたのではないだろうか。

 

戦後生まれの我々も、こういった数々の名曲が、時代に翻弄されながらも、しっかりと地に足をつけた形で世の中に広まっていったことを、順序立てて知ることは、日本の歴史を知る上でも大切だと感じた。

 

 

以下、蛇足だが、

僕自身、京都で生まれ育ち、歴史に登場する寺社仏閣も、子供の頃からの生活の中で馴染みがあるところも多く、地理的なアドバンテージを活かして、日本史の勉強を進め、理系なのにかなり偏差値も高かった(受験には、結局何にも活かされなかったが…)。

今回のドラマを観れば、戦前から戦後にかけての古関の音楽を知る中で、かなり日本史の勉強にもなると思うし、数々の曲を思い浮かべながら勉強すれば、さらに頭に入りやすいのではないだろうか。

 

そして、Wikipediaを調べてしたところ、応援歌、行進曲の分野でも数多の作曲を手がけ、和製スーザと呼ばれた。とのこと。

僕自身、Tubaという金管楽器を吹いていたが、マーチングの時はスーザフォンを吹いていた。甲子園のアルプススタンドで一際大きく白い楽器こそが、スーザフォンである。

そういった意味でも、なお一層親近感が沸いた。