今年の日本肥満学会は、日本肥満症治療学会との合同で、東京国際フォーラムで開催された。私自身は、基本的に毎年両方の学会に参加しているので、一石二鳥のスケジュールであった。
日本肥満症治療学会はメタボリックサージャリーと呼ばれる、いわゆる胃の縮小術による外科的減量方法について、これまで盛んに議論されてきた学会である。一方の日本肥満学会は、基礎医学を含めた内科的な研究・臨床について盛んに議論されてきた特徴を持っている。このため、今回は、いよいよ両方の特徴が融合されて、より肥満症研究について網羅的に勉強できる環境となっていた。
半日程度しか参加できなかったが、その中でも印象に残ったものの中に、腸内細菌の話しがあった。
東京農工大学大学院農学研究院の木村郁夫先生が「腸内細菌によるω6脂肪酸代謝と宿主恒常性への影響」というタイトルで講演されていた。
木村先生等は、腸内細菌が代謝により食用油中の多価不飽和脂肪酸を10-hydroxy-cis-12-octadecenoic acid (HYA)をはじめとする新たな脂肪酸に変換することで、宿主のエネルギー代謝調節に関与し、食事によって誘導される肥満を改善することを明らかにした(Nature Communications2019;10(1) 4007)。
高脂肪食の摂取マウスの盲腸内において、乳酸菌の顕著な減少と、リノール酸(ω6脂肪酸)の腸内細菌初期代謝産物であるHYAを含む数種の腸内細菌代謝脂肪酸の劇的な減少が確認された。
また、ω6系多価不飽和脂肪酸であるリノール酸を高脂肪食に補充したマウスでは、アラキドン酸カスケード(アラキドン酸を原料として生体内で主に炎症性の脂質メディエーターを合成する代謝経路)を介した脂肪組織炎症が観察されたのに対し、HYAを補充したマウスでは、リノール酸を補充した場合に観察された脂肪組織炎症を誘発することなく、高脂肪食による肥満の症状を改善した。
加えて、高脂肪食中にHYAを補充したマウスは、肥満による耐糖能異常に対して、GLP-1分泌亢進を伴った改善作用が確認された。一方で、長鎖脂肪酸受容体であるGPR40/FFAR1やGPR120/FFAR4の遺伝子欠損マウスでは、これらの代謝機能改善に関わる効果が消失した。
さらに、腸内細菌の一種でHYA産生能を有する乳酸菌を定着させたマウスにおいても、同様の代謝機能の改善作用が観察された。
以上より、食事中に含まれる多価不飽和脂肪酸を腸内細菌が代謝することで、食事により誘導される宿主の肥満を改善する可能性が明らかとなった。近年の食の欧米化に伴う肥満症の患者増加は社会的な問題であるが、その治療法・予防法の確立は急務である。腸内環境を制御する食習慣や腸内細菌の代謝産物が、代謝性疾患に対する新たな治療法につながるとして、今後これらの研究成果の応用が期待される。
また、近年の腸内細菌研究の発展に伴い、腸内環境の制御が宿主の生体恒常性の維持と密接に関与することが明らかにされている。本研究は、食–腸内環境–宿主の相互連関が、宿主のエネルギー代謝を正常に維持する可能性を示しており、我々の日常生活におけるQOLの向上に活かすことが期待される。